正法眼蔵を読み解く

現代人による正法眼蔵解説

正法眼蔵諸悪莫作

正法眼蔵第三十一 諸悪莫作

    序

古佛云、諸惡莫作、衆善奉行、自淨其意、是諸佛教。

これ七佛祖宗の通戒として、前佛より後佛に正傳す、後佛は前佛に相嗣せり。たゞ七佛のみにあらず、是諸佛教なり。この道理を功夫參究すべし。いはゆる七佛の法道、かならず七佛の法道のごとし。相傳相嗣、なほ箇裡の通消息なり。すでに是諸佛教なり、百千萬佛の教行證なり。

「古仏云、諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」

当巻は七仏通戒偈と称される偈文を能所相対観ではなく、仏法上の俯瞰する立場から「善」や「悪」を読み解くものです。

出典籍は『増一阿含経』一・序品第一「三十七品及諸法、時尊者阿難便説此偈。諸悪莫作、  諸善奉行、自浄其意、是諸仏教。所以然者、諸悪莫作、是諸法本便出生一切善法、以生善法心意清浄」(「大正蔵」二・五五一・上)と考えられます。

また『ダンマ・パダ』(法句経)では一八三―一八五にわたる三偈を七仏通戒偈と呼び、特に一八三偈が日本では強調される傾向にある。

「諸悪莫作」Sabba papassa akaranam(いかなる悪も行わず)

「衆善奉行」Kusalassa upasampada(もっぱら善を完成し)

「自浄其意」Sacitta pariyodapanam(自己の心を浄くする)

「是諸仏教」Etam buddhanu sasanam(これが諸仏の教えなり)

このように原意は命令的なものではなく、個々の自主性を重んじる点は、道元禅師の接化法に読み解く事ができる。

「これ七仏祖宗の通戒として、前仏より後仏に正伝す、後仏は前仏に相嗣せり。ただ七仏のみにあらず、是諸仏教なり。この道理を功夫参究すべし」

「七仏」とは毘婆尸仏より釈迦牟尼仏であり、そこでの全ての祖師(祖宗)に共通する通戒として「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」が、「前仏」(迦葉仏)より「後仏」(釈迦牟尼仏)に正法が伝持されると同時に、「後仏は前仏に相嗣」する事実を、唯仏与仏とも云い得るのである。単に七仏に限るものではなく、この唯仏与仏の世界を「是諸仏教」と言うのであり、この事実(道理)を功夫参学究明すべきである。

「いわゆる七仏の法道、必ず七仏の法道の如し。相伝相嗣、なお箇裡の通消息なり。すでに是諸仏教なり、百千万仏の教行証なり」

「七仏の法道、必ず七仏の法道の如し」と語句を二度繰り返すのは、毘婆尸仏から釈迦牟尼仏へのバトンの受け渡しが「相伝相嗣」ではなく、毘婆尸仏毘婆尸仏にて相伝相嗣され、釈迦仏は釈迦仏当体にて相伝相嗣するを、「法道の如し」と言うのであり、この一つ一つの完結態が正伝・相嗣する事実を「箇裡の通消息」又は「是諸仏教」と位置づけます。

ただ「是諸仏教」の教ばかりに固執すると繋驢橛だけの世界に陥る為、「百千万仏の教行証なり」と是諸仏行とも是諸仏証とも言える。との当巻に対する要略を冒頭で述べられるものです。

    一

いまいふところの諸惡者、善性惡性無記性のなかに惡性あり。その性これ無生なり。善性無記性等もまた無生なり、無漏なり、實相なりといふとも、この三性の箇裡に、許多般の法あり。諸惡は、此界の惡と佗界の惡と同不同あり、先時と後時と同不同あり、天上の惡と人間の惡と同不同なり。いはんや佛道と世間と、道惡道善道無記、はるかに殊異あり。善惡は時なり、時は善惡にあらず。善惡は法なり、法は善惡にあらず。法等惡等なり、法等善等なり。

しかあるに、阿耨多羅三藐三菩提を學するに、聞教し、修行し、證果するに、深なり、遠なり、妙なり。この無上菩提を或從知識してきき、或從經巻してきく。はじめは、諸惡莫作ときこゆるなり。諸惡莫作ときこえざるは、佛正法にあらず、魔説なるべし。しるべし、諸惡莫作ときこゆる、これ佛正法なり。この諸惡つくることなかれといふ、凡夫のはじめて造作してかくのごとくあらしむるにあらず。菩提の説となれるを聞教するに、しかのごとくきこゆるなり。しかのごとくきこゆるは、無上菩提のことばにてある道著なり。すでに菩提語なり、ゆゑに語菩提なり。無上菩提の説著となりて聞著せらるゝに轉ぜられて、諸惡莫作とねがひ、諸惡莫作とおこなひもてゆく。諸惡すでにつくられずなりゆくところに、修行力たちまちに現成す。この現成は、盡地盡界、盡時盡法を量として現成するなり。その量は莫作を量とせり。

さて、これより「諸悪は莫作」を前後・上下・縦横・内奥外にと、微に細に大に小にと説き明かされます。

「いま云う所の諸悪者、善性悪性無記性の中に悪性あり。その性これ無生なり。善性無記性等もまた無生なり、無漏なり、実相なりと云うとも、この三性の箇裡に、許多般の法あり」

「諸悪」とは善・悪・無記性の分類の中では「悪性」に該当されるが、その(本)性は実体のないもの(無生)である。同様に「善性」「無記性」も無生としての実態であり他に云い替えるなら「無漏(法)」とも「実相」とも表現されるように、他には法性・真如・三昧などと多く(許多般)の法がある。

「諸悪は、此界の悪と佗界の悪と同不同あり、先時と後時と同不同あり、天上の悪と人間の悪と同不同なり。いわんや仏道と世間と、道悪道善道無記、はるかに殊異あり。善悪は時なり、時は善悪にあらず。善悪は法なり、法は善悪にあらず。法等悪等なり、法等善等なり」

「諸悪」は元来は実態がなく無生ではあるが、一般には「此界の悪と佗界の悪」には同不同、又「先時と後時の時間の前後」にも同不同、さらに「天上と人間の悪」との同不同とが峻別されます。ましてや「仏道と世間」とでは、悪と道い・善と道い・無記と道う事の、はるかに殊に異なるものである。

「善悪は時なり」とは時代が違えば善悪の評価も一定せず、「時は善悪にあらず」の時は時間ですから、時間そのものには人間の善悪の概念は有りようもありません。同様に「善悪は法なり」の法は存在・物事の意ですから時と置き換えも可能で、存在の状況いかんに依り善悪も違ってくると言えますから「法は善悪にあらず」と置換可能です。

「法等悪等善等なり」の等を附する意は、法や悪や善は何々を以て法・悪・善と限定できない為すべての事象を、現成は真実の公案を言い表す表現形態と成りなす。

「しかあるに、阿耨多羅三藐三菩提を学するに、聞教し、修行し、証果するに、深なり、遠なり、妙なり。この無上菩提を或従知識して聞き、或従経巻して聞く。始めは、諸悪莫作と聞こゆるなり。諸悪莫作と聞こえざるは、仏正法にあらず、魔説なるべし」

仏法の無上菩提(阿耨多羅三藐三菩提)を学ぶには、必然的に「教・行・証」(聞教・修行・証果)が附随されなければならず、そこには「深・遠・妙」なる形容が付加されます。真実の現成には人間の配慮が及びませんから、このような深遠なる不可思議を妙と唱えることに為ります。

指導者(知識)に従い、経巻に従った結果を「無上菩提」と説くのではなく、無上菩提が「或従知識・或従経巻」として行ずるもので、プロセスから結果が得られるのではなく、無上菩提が言葉を変えて聞教であったり、修行であったり、証果であり、その要領を「或従知識・或従経巻」として聞くと喩うるものです。

その無上菩提が聞こえる時には「諸悪莫作」と聞こえるのであり、聞こえない時は自我で強圧される為に聞こえず、「仏正法」とは言われず「魔説」に等しいのである。

「知るべし、諸悪莫作と聞こゆる、これ仏正法なり。この諸悪作る事なかれと云う、凡夫のはじめて造作してかくの如くあらしむるにあらず。菩提の説となれるを聞教するに、しかの如く聞こゆるなり。しかの如く聞こゆるは、無上菩提の言葉にてある道著なり。すでに菩提語なり、故に語菩提なり。無上菩提の説著となりて聞著せらるるに転ぜられて、諸悪莫作と願い、諸悪莫作と行いもてゆく。諸惡すでに作られずなりゆく処に、修行力忽ちに現成す。この現成は、尽地尽界、尽時尽法を量として現成するなり。その量は莫作を量とせり」

仏正法に於いては「諸悪莫作」と聞こえない時はなく、「諸悪を作ること莫れ」と凡夫が考察する時点の「諸悪を対象として作る作られる」の関係性ではなく、「諸悪莫作」は無上菩提語であり、語(ことば)自体が真実(菩提)である。

「無上菩提の説著となりて聞著」の著は中国語に於ける助辞で、説・聞を強調する為の発話上の語呂で意味は無いとされます。その「無上菩提の説著・聞著が転ぜらる」とは諸悪莫作と同態に願い行われるとの事で、この時に「諸悪」の妄念が作られず諸悪の概念が消失する処に、無上菩提の修行力」は忽然と現成するのである。

その現成の実態は尽地尽界(尽十方界)、尽時尽法(全時空)を量として現成するなり。とは、宇宙に遍満する有らゆる事物・事象は「莫作」としての真実態(無上菩提)であるとの解釈になります。

いま一つ云い添えると、この無上菩提はマイナス273度の絶対零度を表し、すべての基準値に該当されるものです。

正當恁麼時の正當恁麼人は、諸惡つくりぬべきところに住し往來し、諸惡つくりぬべき縁に對し、諸惡つくる友にまじはるににたりといへども、諸惡さらにつくられざるなり。莫作の力量見成するゆゑに。諸惡みづから諸惡と道著せず、諸惡にさだまれる調度なきなり。一拈一放の道理あり。正當恁麼時、すなはち惡の人ををかさざる道理しられ、人の惡をやぶらざる道理あきらめらる。みづからが心を擧して修行せしむ、身を擧して修行せしむるに、機先の八九成あり、腦後の莫作あり。なんぢが心身を拈來して修行し、たれの身心を拈來して修行するに、四大五蘊にて修行するちから驀地に見成するに、四大五蘊の自己を染汚せず、今日の四大五蘊までも修行せられもてゆく。如今の修行なる四大五蘊のちから、上項の四大五蘊を修行ならしむるなり。山河大地、日月星辰にても修行せしむるに、山河大地、日月星辰、かへりてわれらを修行せしむるなり。一時の眼睛にあらず、諸時の活眼なり。眼睛の活眼にてある諸時なるがゆゑに、諸佛諸祖をして修行せしむ、聞教せしむ、證果せしむ。諸佛諸祖、かつて教行證を染汚せしむることなきがゆゑに、教行證いまだ諸佛諸祖を罣礙することなし。このゆゑに佛祖をして修行せしむるに、過現當の機先機後に廻避する諸佛諸祖なし。衆生作佛作祖の時節、ひごろ所有の佛祖を罣礙せずといへども、作佛祖する道理を、十二時中の行住坐臥に、つらつら思量すべきなり。作佛祖するに衆生をやぶらず、うばはず、うしなふにあらず。しかあれども脱落しきたれるなり。善惡因果をして修行せしむ。いはゆる因果を動ずるにあらず、造作するにあらず。因果、あるときはわれらをして修行せしむるなり。この因果の本來面目すでに分明なる、これ莫作なり。無生なり、無常なり、不昧なり、不落なり。脱落なるがゆゑに。かくのごとく參究するに、諸惡は一條にかつて莫作なりけると現成するなり。この現成に助發せられて、諸惡莫作なりと見得徹し、坐得斷するなり。正當恁麼のとき、初中後、諸惡莫作にて現成するに、諸惡は因縁生にあらず、たゞ莫作なるのみなり。諸惡は因縁滅にあらず、たゞ莫作なるのみなり。諸惡もし等なれば諸法も等なり。諸惡は因縁生としりて、この因縁のおのれと莫作なるをみざるは、あはれむべきともがらなり。佛種從縁起なれば縁從佛種起なり。

「正当恁麼時の正当恁麼人は、諸悪作りぬべき処に住し往来し、諸悪作りぬべき縁に対し、諸悪つくる友に交わるに似たりと云えども、諸悪さらに作られざるなり。莫作の力量見成する故に。諸悪みづから諸悪と道著せず、諸悪に定まれる調度なきなり。一拈一放の道理あり。正当恁麼時、便ち悪の人を犯さざる道理知られ、人の悪を破らざる道理明らめらる」

「正当恁麼時」とは尽地尽界・尽時尽法が眼前現成する時であり、その当人を「正当恁麼人」と呼ぶものですが、そこは我執のない場ですから「諸悪を作す処や、諸悪を作す縁や、諸悪を作す交友」と云った人間的意欲が介在しないものですから、おのづと「諸悪さらに作られざるなり」と正当恁麼時を説くもので、その事実が「莫作の力量が見成した」からとの拈提です。

そこでの正当恁麼人は「諸悪みづから諸悪」と道わず、「諸悪に定まれる調度」は存在しないのである。そこには「一拈一放」つまり挙げたり放したりと、その時の状況次第で「諸悪」は入れ替わりますから、このように表現されます。

まさに「諸悪は莫作」の状況下では、悪が人を犯さない道理が知られ、逆に人が悪を破らない道理が明確である。

「みづからが心を挙して修行せしむ、身を挙して修行せしむるに、機先の八九成あり、脳後の莫作あり。汝が心身を拈来して修行し、誰の身心を拈来して修行するに、四大五蘊にて修行するちから驀地に見成するに、四大五蘊の自己を染汚せず」

「みづから」とは尽十方界真実人体の人を指し(「註解全書」五六四)、「身を挙して修行せしむる」とは全自己の修行する実態が「機先の八九成」(現成の完全態)であり、「脳後の莫作」(廻頭転脳)あり。とは、ただ其れが其れなりと云う心地(「註解全書」五六四)である。

「汝が心身を拈来して修行する」の汝とは先の真実人体人を指し、此の心身を維持し続ける事実を修行と見るのである。次に汝に対し「誰の身心を拈来して」と対語にし、その身心(心身)で以て四大五蘊(地水火風・色受想行識)と云う具体名を挙げて修行する処は、そのまま眼前する事実を「驀地に見成する」と述べ、その時此の修行力が忽ちに現成する時、四大五蘊には我執がないので「自己を染汚せず」との道理を示されます。

「今日の四大五蘊までも修行せられもてゆく。如今の修行なる四大五蘊のちから、上項の四大五蘊を修行ならしむるなり。山河大地、日月星辰にても修行せしむるに、山河大地、日月星辰、かえりて我らを修行せしむるなり」

「今日の四大五蘊までも修行・如今の修行なる四大五蘊」の内容は同じで、修行は過去の物語ではなく、今日・如今と言うように現在進行形であることの重要性を強調するもので、これまで(上項)の四大五蘊の真実人体に備わった調度で修行する重要性。つまりは頭で仏法を理解するのではなく、尽地尽界、尽時尽法の身心で以て修行しなさい、と考えられます。

補強説明として「山河大地、日月星辰」という大自然と共に修行せしむ。とは「山河大地、日月星辰」と「我らと修行」とは一味態を意味しますから、大自然の運行に従う故に「かえりて我らを修行せしむる」と、円環的聯関性が述べられます。

「一時の眼睛にあらず、諸時の活眼なり。眼睛の活眼にてある諸時なるが故に、諸仏諸祖をして修行せしむ、聞教せしむ、証果せしむ。諸仏諸祖、曾て教行証を染汚せしむる事なきが故に、教行証いまだ諸仏諸祖を罣礙する事なし。この故に仏祖をして修行せしむるに、過現当の機先機後に廻避する諸仏諸祖なし」

「一時の眼睛にあらず、諸時の活眼なり」とは、その場限りの修行(眼睛)ではなく、尽過去より尽未来際に於ける修行を、「諸時の活眼」と言い表します。この「一時の眼睛・諸時の活眼」を合楺して、「眼睛の活眼」の時節には諸仏諸祖の全体で以て修行し、聞教し、証果せしむ。と、先に説かれた「阿耨菩提を学するに聞教し、修行し、証果するに」の言句を援用し、俯瞰的視野で以ての修行法を提示します。

「諸仏諸祖は未だ曾て教行証(聞教・修行・証果)を染汚(ぜんな)つまり自分の都合に合わせて解釈する事はしない」。謂う所は、四大五蘊・山河大地・日月星辰の真実相が対象ですから、我執による染汚は有り得ず、逆に言うなら「教行証も諸仏諸祖」も異句同義語ですから「罣礙(うたがう)する余地は有りません」。

今一度補足的に、「過現当」過去・現在・未来のいづれも(機先機後)、仏祖の真実底を修行しているので「廻避する諸仏諸祖なし」とは、仏祖の時節には仏祖の外には、三世も機先機後もない為、このような言い回しと為ります。

衆生作仏作祖の時節、日頃所有の仏祖を罣礙せずと云えども、作仏祖する道理を、十二時中の行住坐臥に、つらつら思量すべきなり。作仏祖するに衆生を破らず、奪わず、失うにあらず。しかあれども脱落し来たれるなり」

衆生の作仏祖する事は、日頃、所有の釈迦仏や祖師などの仏祖は罣礙(じゃま)しないが、作仏祖する道理を日常(十二時中)の行住坐臥(立ち居振る舞い)で熟々(つらつら)と思い量るべきである。

前句と同じく、衆生が作仏祖する時には、衆生を非破非奪非失と註し、是は只に脱落の上の作仏祖なのである。

「善悪因果をして修行せしむ。いわゆる因果を動ずるにあらず、造作するにあらず。因果、ある時は我らをして修行せしむるなり。この因果の本来面目すでに分明なる、これ莫作なり。無生なり、無常なり、不昧なり、不落なり。脱落なるが故に」

「善悪因果」とは日常生活を云うもので、因果の法則を無理やりに動かしたり、造作したりと、人間の為せるものではなく、眼前現成する真実底を黙々と行持するを、「善悪因果をして修行するは、因果を動じ造作するにあらず」と言う。因果という善悪が有るおかげで、我々は修行する機縁を有するのである。

「この因果の本来面目」とは、日頃の本来あるべき姿を「莫作・無生・無常・不昧・不落」と定めますが、莫・無・不を冠する禅語は、尋常のように否定を誘導するものではなく、「作・生・常・昧・落」の絶対境致を示唆し、その状況を拈提では「脱落」と一括して表現されます。

「かくの如く参究するに、諸悪は一条に曾て莫作なりけると現成するなり。この現成に助発せられて、諸悪莫作なりと見得徹し、坐得断するなり。正当恁麼の時、初中後、諸悪莫作にて現成するに、諸悪は因縁生にあらず、ただ莫作なるのみなり。諸悪は因縁滅にあらず、ただ莫作なるのみなり。諸悪もし等なれば諸法も等なり。諸悪は因縁生と知りて、この因縁のおのれと莫作なるを見ざるは、憐れむべき輩なり。仏種従縁起なれば縁従仏種起なり」

本来面目が莫作なり、無生なりと分明と成ると参学究明されれば、「諸悪」という物事は一条(一斉)に「莫作」としての真実眼前現成として出頭する事実を「諸悪莫作」であると説くのであるが、その時の状態を「見得徹し、坐得断するなり」と、明らかに坐禅する現成が諸悪莫作と定言され、従来より云われる「諸々の悪を作す莫れ」という、道徳的条目とは異なる趣意です。

これまでの拈提をまとめ(正当恁麼)る時、初中後(全体)が「諸悪莫作」として眼前現成する時に、諸悪は原因と結果というような因縁生の説明ではなく、ただ「莫作」という真実現成態が有るのである。同じように「諸悪」という現実は因縁の滅するに依るものではなく、ただ「莫作」なる現実現成態である。

「諸悪」は様々な状態を総称しての言ですから、諸悪以前の未分節状態に於いては等価であれば、「諸法」も同様に等である。「諸悪」は、その時々の機縁の浮き沈みを「因縁生」であると知りて、この浮き沈みの因縁自体が「莫作」である事実を知らない者は、憐れむべき気の毒な連中(ともがら)である。

これまでの言説を一言で表すなら、「仏種従縁起なれば縁従仏種起なり」と『法華経』方便品「諸仏両足尊、知法常無性、仏種従縁起、是故説一乗」(諸仏の両足尊は、法の常に無性なるを知り、仏種は従縁起にして、是の故に説一乗す)(「大正蔵」九・九・中)の仏種従縁起を「縁従仏種起」(縁は従仏種起なり)と置換させ仏種と縁起の同態を説かれ、次の段階に入られます。

諸惡なきにあらず、莫作なるのみなり。諸惡あるにあらず、莫作なるのみなり。諸惡は空にあらず、莫作なり。諸惡は色にあらず、莫作なり。諸惡は莫作にあらず、莫作なるのみなり。たとへば、春松は無にあらず有にあらず、つくらざるなり。秋菊は有にあらず無にあらず、つくらざるなり。諸佛は有にあらず無にあらず、莫作なり。露柱燈籠、拂子拄杖等、有にあらず、無にあらず、莫作なり。自己は有にあらず無にあらず、莫作なり。恁麼の參學は、見成せる公案なり、公案の見成なり。主より功夫し、賓より功夫す。すでに恁麼なるに、つくられざりけるをつくりけるとくやしむも、のがれず、さらにこれ莫作の功夫力なり。しかあれば、莫作にあらばつくらましと趣向するは、あゆみをきたにして越にいたらんとまたんがごとし。諸惡莫作は、井の驢をみるのみにあらず、井の井をみるなり。驢の驢をみるなり、人の人をみるなり、山の山をみるなり。説箇の應底道理あるゆゑに、諸惡莫作なり。佛眞法身、猶若虚空、應物現形、如水中月なり。應物の莫作なるゆゑに、現形の莫作あり、猶若虚空、左拍右拍なり。如水中月、被水月礙なり。これらの莫作、さらにうたがふべからざる現成なり。

「諸悪なきにあらず、莫作なるのみなり。諸悪あるにあらず、莫作なるのみなり。諸悪は空にあらず、莫作なり。諸悪は色にあらず、莫作なり。諸悪は莫作にあらず、莫作なるのみなり」

いま一度「諸悪」と「莫作」の関係を再確認するもので、「諸悪は有る無しに関わらず、莫作なるのみ」の意味する処は、「七仏通戒偈」を拈提するから諸悪と切り出す訳で、諸事と云い替えると分り易い気もする。つまり物事の存在いかんに関わらず、莫作という存在が現住するのである。

同様に「空」(sunya)「色」(rupa)「莫作」(akaranam)と云った、特定の概説では説明されるものではない事を「諸悪は空・色・莫作にあらず、莫作なり」と定立し、「莫作なるのみ」と改めて定言されます。

「例えば、春松は無にあらず有にあらず、作らざるなり。秋菊は有にあらず無にあらず、作らざるなり。諸仏は有にあらず無にあらず、莫作なり。露柱灯籠、払子拄杖等、有にあらず、無にあらず、莫作なり。自己は有にあらず無にあらず、莫作なり」

ここで具体例として「春の松・秋の菊」といった自然の風景も、一時的出来事ですから、有無とは関わりなく其の時の一時の描写でしか有りません。「露柱灯籠・払子拄杖」と日常の調度品であっても一時の事象で、「自己(自我)」と云っても、意識作用は一時の生理活動ですから「有にあらず無にあらず」、ただ真実が現成する「莫作なり」と。

「諸悪」は眼前に現成する時節、「莫作」は作る莫れのの語釈ではなく、真実尽界を総称しての認得を再考する文体と為ります。

「恁麼の参学は、見成せる公案なり、公案の見成なり。主より功夫し、賓より功夫す。すでに恁麼なるに、作られざりけるを作りけると悔しむも、逃れず、さらにこれ莫作の功夫力なり。しかあれば、莫作に有らば作らましと趣向するは、歩みを北にして越に到らんと待たんが如し」

これまでの小結論として「恁麼」このような参学は、見(現)成する公案であり、公案が現成であると定言されますが、この「公案」は云うまでもなく見性禅が唱える課題ではなく、「公は平等義であり、案は守分の義」(「註解全書」一・一八三)との解釈ですから、現成と公案は共に尽界に在する真実態と解するものです。

この「莫作」の参学は、どこ何処から始めなければならない事はなく、「主」(始点)であろうと「賓」(終点)で有ろうと構わず、主賓ともどもに功夫参究が肝要である。

この現実世界は画像の一部ではないから、自身の意に適う時も悔やむ時節から逃れられない事実が「莫作の功夫力」である。謂う所は、自我を持ち込まず無所得に「見得徹し、坐得断」することである。

この莫作の意味がわからない連中は「莫作は作す莫れ」と解し、作らない作らないようにと努力(趣向)する事は、あたかも「北に向かって居ながら南(越)に行こうと期待する」のと同じであると。つまりは、「諸悪莫作」を道徳的条目と捉える者には、仏法で説く能所泯汒的論述や尽地尽界尽時尽法が莫作量であるとは、夢想だにもしないであろう。

「諸悪莫作は、井の驢を見るのみにあらず、井の井を見るなり。驢の驢を見るなり、人の人を見るなり、山の山を見るなり。説箇の応底道理ある故に、諸悪莫作なり。仏真法身、猶若虚空、応物現形、如水中月なり。応物の莫作なる故に、現形の莫作あり、猶若虚空、左拍右拍なり。如水中月、被水月礙なり。これらの莫作、さらに疑うべからざる現成なり」

ここでの話頭の出典は『真字正法眼蔵』中・二十五則「曹山本寂禅師問徳上座云、仏真法身、猶若虚空、応物現形、如水中月、作麼生説箇応底道理゚徳云、如驢覰井゚師曰、道即太煞道、只道得八九成゚徳曰、和尚又如何゚師曰、如井覰驢」(曹山本寂禅師が徳上座に問うて云く、仏の真法身は、猶虚空の若し、物に応じ形を現ずるは、水中の月の如し、作麼生か箇の応底の道理を説かん゚徳云く、驢の井を覰るが如し゚師曰く、道うは即ち太だ道う、只八九成を道い得たり゚徳曰く、和尚は又如何と゚師曰く、井の驢を覰るが如し)を捩った話頭ですが、ほかには『永平広録』四〇三(建長二年(1250)十一月)にも上堂説法されますが、その出典籍は『宏智広録』二・頌古五二(「大正蔵」四八・二三・中)と推察されます。

「諸悪莫作」の実態は曹山本寂(840―901)が最後に云った「如井覰驢」井戸の驢馬を見る如くのみにあらず、井戸が井戸自体を見、驢馬が驢馬自体を見、本人が本人を見、山が山を見るなり。とは何を言うものかと云うと、主客の立場を離れ二つ並べて見ぬ為の手法で、「説箇の応底道理」とは「井の井・驢の驢・人の人・山の山」と、このように説いてきた意で、このような徹底した道理が「諸悪莫作」であると結論づけられるのですが、謂う所は「井と驢の同体・同等性」と共に、「諸悪と莫作」の聯関も「井と驢」の如く、諸悪(物事の事象)は莫作(尽界)のお陰で成り立つ事実を、このような「井戸と驢馬」と「諸悪莫作」に関連づけて説くものです。因みに『御抄』では「驢はうさぎ馬也、古き詞也」(「註解全書」一・五七八)と、驢馬をうさぎ馬と呼んでいたようです。

「仏の真法身は、猶虚空の若し、物に応じ形を現ずるは、水中の月の如し」この偈文は『金光明経』(「大正蔵」十六・三四四・中)からのもので、仏の真実相の法身は決まった概念はなく、千変万化する全てが真法身と説かれるものですが、道元流手法で読み解くならば「応物の莫作なる故に、現形の莫作あり」と説かれます。つまりは、月はガンガーに宿る場合も一滴の露にも宿る事実は、莫作という尽地尽界尽時尽法の存在が有るから応物があり、「現形」として眼前現成するわけである。

「猶若虚空、左拍右拍なり」とは、虚空は左から拍とうが右から拍とうが構わない事を言うものです。「如水中月、被水月礙」とは水の中の月は、水に礙えられることはない。つまり、同じ事態を主客を入れ替えたもので、いづれの状態をも成り立たせるには、先の「尽地尽界尽時尽法」の代語である「莫作」の存在を疑う余地はなく、「応物」も「現形」も「猶若虚空」も「如水中月」も仏の真法身として現成するのである。

 

    二

衆善奉行。この衆善は、三性のなかの善性なり。善性のなかに衆善ありといへども、さきより現成して行人をまつ衆善いまだあらず。作善の正當恁麼時、きたらざる衆善なし。萬善は無象なりといへども、作善のところに計會すること、磁鐵よりも速疾なり。そのちから、毘嵐風よりもつよきなり。大地山河、世界國土、業増上力、なほ善の計會を罣礙することあたはざるなり。しかあるに、世界によりて善を認ずることおなじからざる道理、おなじ認得を善とせるがゆゑに、如三世諸佛、説法之儀式。おなじといふは、在世説法、たゞ時なり。壽命身量またときに一任しきたれるがゆゑに、説無分別法なり。しかあればすなはち、信行の機の善と、法行の機の善と、はるかにことなり。別法にあらざるがごとし。たとへば、聲聞の持戒は菩薩の破戒なるがごとし。

冒頭でも指摘した処であるが、この「衆善奉行」(Kusalassa upasampada)は『増一阿含経』では「諸善奉行」と訳され、漢文表現に於いては「衆(もろもろ)の善を奉行せよ」と命令的・断定句としての響きを伴うが、Dhamma pada原文では「善に至ること」もしくは「もっぱら善を完成し」との意味合いで述べられ、個人の自主性、自己の意志を尊重した内容であることを記述する。

「この衆善は、三性の中の善性なり。善性の中に衆善ありと云えども、先より現成して行人を待つ衆善未だあらず。作善の正当恁麼時、来たらざる衆善なし。万善は無象なりと云えども、作善の処に計会する事、磁鉄よりも速疾なり。その力、毘嵐風よりも強きなり。大地山河、世界国土、業増上力、なお善の計会を罣礙する事能わざるなり」

「三性の中の善性」とは冒頭の「諸悪者、善性悪性無記性」を承けるもので、善性の分類で衆善があると云いながら、向こうから衆善が歩み寄るのではない。善は作した恁麽の時、直下に衆善は来参するのである。万(よろず)の善には象(かたち)は無いが、作善の行の処に集まる(計会)事は、磁石と鉄との関係よりも強力であり、その威力は劫末・劫初に吹き荒れる毘嵐風よりも破壊力があるとの譬えである。今で云うなら、宇宙終焉のビッグ・クランチ、創成時のビッグ・バンのような想像を絶する力と表現される。その善の吸引力は「台地山河や世界国土」といった自然力や「業増上力」と云ったものでも、善が集会する状況は罣礙(じゃま)できないのである。

「しかあるに、世界によりて善を認ずる事同じからざる道理、同じ認得を善とせるが故に、如三世諸仏、説法之儀式。同じと云うは、在世説法、ただ時なり。寿命身量また時に一任し来たれるが故に、説無分別法なり」

そういうわけですから、人間世界と仏世界とでは、善の認め方は同じでない道理は、各人が同じく善と認得するを善とするのであるから、「如三世諸仏、説法之儀式」(「大正蔵」九・一〇・上)三世諸仏の説法の儀式の如し。と「方便品」を引き合いに出されますが、この意味する所は、三世諸仏は常に説法の態度として、作善を前提にした説法であるとの文意かとも思われます。

ここで「同じ」に対する認識では、「釈尊の在世時の説法は、善悪・作善作悪に関わらない「時」だけである。寿命や身量といった問題は、時に一任するしかない故に、「説無分別法」と言うのである。

「しかあれば則ち、信行の機の善と、法行の機の善と、はるかに異なり。別法にあらざるが如し。喩えば、声聞の持戒は菩薩の破戒なるが如し」

「信行の機」は鈍根として「声聞の持戒」に比され、「法行の機」は利根として「善」を行ずるものですが、そこには一見同じような修行法に見られますが、実際には声聞(小乗法)の持戒する態度は菩薩(大乗法)に対する破戒に連動し、「信行の善と、法行の善」とには雲泥の差が有るのである。詮ずるは、「声聞の持戒」というのは一句合頭語・「菩薩の破戒」は万劫繋驢橛に連脈するのである。

衆善これ因縁生因縁滅にあらず。衆善は諸法なりといふとも、諸法は衆善にあらず。因縁と生滅と衆善と、おなじく頭正あれば尾正あり。衆善は奉行なりといへども、自にあらず、自にしられず。佗にあらず、佗にしられず。自佗の知見は、知に自あり、佗あり、見の自あり、佗あるがゆゑに、各々の活眼睛、それ日にもあり、月にもあり。これ奉行なり。奉行の正當恁麼時に、現成の公案ありとも、公案の始成にあらず、公案の久住にあらず、さらにこれを奉行といはんや。作善の奉行なるといへども、測度すべきにはあらざるなり。いまの奉行、これ活眼睛なりといへども、測度にはあらず。法を測度せんために現成せるにあらず。活眼睛の測度は、餘法の測度とおなじかるべからず。衆善、有無、色空等にあらず、たゞ奉行なるのみなり。いづれのところの現成、いづれの時の現成も、かならず奉行なり。この奉行にかならず衆善の現成あり。奉行の現成、これ公案なりといふとも、生滅にあらず、因縁にあらず。奉行の入住出等も又かくのごとし。衆善のなかの一善すでに奉行するところに、盡法全身眞實地等、ともに奉行せらるゝなり。この善の因果、おなじく奉行の現成公案なり。因はさき、果はのちなるにあらざれども、因圓滿し、果圓滿す。因等法等、果等法等なり。因にまたれて果感ずといへども、前後にあらず、前後等の道あるゆゑに。

「衆善これ因縁生因縁滅にあらず。衆善は諸法なりと云うとも、諸法は衆善にあらず。因縁と生滅と衆善と、同じく頭正あれば尾正あり」

「衆善」とは諸々の善に意で、その時々の状況次第で形象にも違いがあり、この善は因縁生より・あの善は因縁滅よりと決定できない為に、「因縁生・因縁滅にあらず」と説かれます。「衆善」は尽界に出体した事物・事象の一様態ですから「諸法」の大枠の一部ですが、「諸法」は尽地尽界尽時尽法そのものですから、一部位を現ずる「衆善」とは言われません。

「因縁」と「生滅」と「衆善」とは因果律により聯関するを、「同じく頭正あれば尾正あり」つまり、全体が同時同体を表徴する意と為ります。

「衆善は奉行なりと云えども、自にあらず、自に知られず。佗にあらず、佗に知られず。自佗の知見は、知に自あり、佗あり、見の自あり、佗あるが故に、各々の活眼睛、それ日にもあり、月にもあり。これ奉行なり」

「衆善は奉行なり」の奉行は作善と同義と為り実行に赴くわけですが、その場合には「自佗」を離れた処を、「自にあらず、自に知られず」「佗にあらず、佗に知られず」と言うのです。

「自佗の知見」の知見とは知覚を指し、自佗の自我意識の透徹を云うものです。その透徹する処に知に対する自佗、見に対する自佗の眼力が具わり、その「知見」の「活眼睛」は「日」(太陽・昼)にもあり「月」(都機・夜)にもある。とは四六時中知見の眼睛が作善、つまり「奉行」しているのである。

「奉行の正当恁麼時に、現成の公案ありとも、公案の始成にあらず、公案の久住にあらず、さらにこれを奉行と云わんや」

「奉行」=「現成公案」と連結するものですが、道元門下に於いては安易に「現成公案」の日常底・常態化を防ぐ意味もあってか、「公案の始成・久住」とは説いてはならない旨を述べ、このような始覚本覚門的・久住常住的な天台学問的分類を称して「奉行」などとは言ってはならぬ。との、眼前現成する事実を奉行と位置づけるものです。

「作善の奉行なると云えども、測度すべきにはあらざるなり。今の奉行、これ活眼睛なりと云えども、測度にはあらず。法を測度せん為に現成せるにあらず。活眼睛の測度は、余法の測度と同じかるべからず」

「作善」も「奉行」も実修実証ではありますが、ここには人間の小賢しい「測度」は持ち込んではならない。作善奉行が「活眼睛」であるが、これは尽時尽界を介した仏行であるので、先と同じように人間の「測度」ではないのである。

仏法は人間のはかりごと(測度)で現成するのではなく、人間以前の尽時尽界に現成し続けるのであり、「活眼睛(真実現成時)の測度は、ほかの余法の測度とは異なるものである。

「衆善、有無、色空等にあらず、ただ奉行なるのみなり。いづれの処の現成、いづれの時の現成も、必ず奉行なり。この奉行に必ず衆善の現成あり。奉行の現成、これ公案なりと云うとも、生滅にあらず、因縁にあらず。奉行の入住出等も又かくの如し」

今一度、「衆善は有無や色空等」による分類や分析などは持ち込まず、只管に「奉行」作善するのである。いづれの時処を択ばずとも、必ず作善奉行するとの堅子な測度が必須である。

この奉行(実修実証)には必然的に衆善(事象)の眼前現成が並立する。この奉行の現成を公案(真実相)と言うのであるが、そこには「生滅」や「因縁」という自我の測度は介在しないのである。

「奉行」にも様々な景色がある事を、「入・住・出」等と形容されるもので、「入の奉行」もあれば「奉行が住する」場合もあれば、「出奉行」等と、一様でない時々の千変万化する「奉行」の実態を譬えるものです。

「衆善の中の一善すでに奉行する処に、尽法全身真実地等、ともに奉行せらるるなり。この善の因果、同じく奉行の現成公案なり。因は先、果は後なるにあらざれども、因円満し、果円満す。因等法等、果等法等なり。因に待たれて果感ずと云えども、前後にあらず、前後等の道ある故に」

衆々(もろもろ)の善の一つを奉行する事は、同時に「尽法・全身・真実地」などを具現するとは、事物・事象はそれぞれに独立すると同時に、全体(尽地・尽法)と連脈する聯関作用を為す、との拈語です。

「因果」は普通には、因が変じて果に変成すると説かれ認識されますが、「因が先で果は後」といった従来から説かれる因果論は採用されず、「因円満し、果円満す」と言った表現を以て説かれます。謂うなれば、『現成公案』巻で説く処の「灰はのち、薪はさきと見取すべからず」(「正法眼蔵」一・五五・水野・岩波文庫)からも頷けるように、因は果に対する一時態ではなく、因は奉行の全機現であり、果は奉行の全機現である事は、連続の不連続とでも云うべき円還論となります。

「因等・法等・果等・法等」とは、因は何物に対しても独立し平等で、以下法についても果についても同様で、「因が有るから果を感ず」と自然に述べるが、そこには先の「薪と灰」「生と死」「冬と春」の例言もあるように、仏法的見地では「前後の序列」はなく、前は全機現・後も全機現の道理である。

これで以て「衆善奉行」に対する拈提の結論としては、「因」という見性修行を積み重ねても大悟という「果」はなく、「無所得・無所悟」の打坐が奉行であり、その打坐なる衆善が「果」である事実を説く内容です。

自淨其意といふは、莫作の自なり、莫作の淨なり。自の其なり、自の意なり。莫作の其なり、莫作の意なり。奉行の意なり、奉行の淨なり、奉行の其なり、奉行の自なり。かるがゆゑに是諸佛教といふなり。いはゆる諸佛、あるいは自在天のごとし。自在天に同不同なりといへども、一切の自在天は諸佛にあらず。あるいは轉輪王のごとくなり。しかあれども、一切の轉輪聖王の諸佛なるにあらず。かくのごとくの道理、功夫參學すべし。諸佛はいかなるべしとも學せず、いたづらに苦辛するに相似せりといへども、さらに受苦の衆生にして、行佛道にあらざるなり。莫作および奉行は、驢事未去、馬事到來なり。

「自浄其意」Sacitta pariyodapanam(自己の心を浄くする)とは、心を覆う蓋を外し、安らぎを得る(『ダンマパダ』全詩解説・片山一良二六六頁参照)ものですが、『随聞記』三・九には「学人祖道に随わんと思わば、必ず善根を軽しめざれ、信仰を専らにすべし。仏祖の行道は必ず衆善の聚まる処なり」と、七仏通戒偈に関する事項も語られたようです。

「自浄其意と云うは、莫作の自なり、莫作の浄なり。自の其なり、自の意なり。莫作の其なり、莫作の意なり。奉行の意なり、奉行の浄なり、奉行の其なり、奉行の自なり。かるが故に是諸仏教と云うなり」

これより「自浄其意」に対する拈提ですが、漢文から日本語に翻訳し注釈を加えるを尋常の手法とすると、この手法は意味分節の解体手法で以て、「莫作」を基底に「自」「浄」「其」「意」聯関する意味を取奪し、「莫作の自」「莫作の浄」と新語に導くものです。それは「自の其」「自の意」に連脈するとの事ですが、解かんとする処は「莫作」の中に「自浄其意」も包含され、さらに「自浄其意」を独立解体し、「自」を莫作に置換し「自の其・自の意」とする思考法になります。

同様な作業を「莫作の其・莫作の意」さらには「奉行の意・浄・其・自」と、莫作と奉行の同期態を説く論述とし、これが「是諸仏教」であるとの七仏通戒偈である「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」の同期態・同時性を唱え、一種のフェノロジー的効果・もしくは分節から未分節に導き、再び分節段階に導入する巧みな論法です。

「いわゆる諸仏、或いは自在天の如し。自在天に同不同なりと云えども、一切の自在天は諸仏にあらず。或いは転輪王の如くなり。しかあれども、一切の転輪聖王の諸仏なるにあらず。かくの如くの道理、功夫参学すべし」

「是諸仏教」との結語になりましたから、今一度「諸仏」に対する著語と云った意味合いで、「諸仏」と云うのは自在天という欲界頂上に住む化他自在天を指しますが、諸仏と自在天とでは同不同の相違があり、諸仏とは断言できない。同じく「転輪聖王」という三十二相具者でさえ、諸仏とは言えないのである。

つまりは諸仏と菩薩ほどの違いが「自在天・転輪聖王」には有るとの認識です。

「かくの如くの道理、功夫参学すべし。諸仏はいかなるべしとも学せず、いたずらに苦辛するに相似せりと云えども、さらに受苦の衆生にして、行仏道にあらざるなり。莫作および奉行は、驢事未去、馬事到来なり」

これまで参究してきたように、「諸悪の莫作」「衆善の奉行」「自浄の其意」の真意を学せず、「是諸仏教」なる諸仏をも参学せず、いたずらに見性や大悟を求める衆生と化し、仏道を行ずる者ではない。

最終的結語としての「莫作および奉行は、驢事未去、馬事到来なり」とは、莫作と奉行の関係の同事なる例言を驢事馬事と表現されます。

因みに「驢事未去馬事到来」は『真字正法眼蔵』中・五六則(長慶慧綾に霊雲が参ずる)及び『同』金沢文庫本・中巻・四三則(僧が霊雲に問う)にも採録されますが、世間では驢馬は馬よりも劣り馬の弟分のように捉えがちですが、仏法では驢も馬も、尽十方界に於ける眼前の現成態に於いては同質と見るのです。

 

    四

唐の白居易は、佛光如滿禪師の俗弟子なり。江西大寂禪師の孫子なり。杭州の刺史にてありしとき、鳥窠の道林禪師に參じき。ちなみに居易とふ、如何是佛法大意。道林いはく、諸惡莫作、衆善奉行。居易いはく、もし恁麼にてあらんは、三歳の孩兒も道得ならん。道林いはく、三歳孩兒縱道得、八十老翁行不得なり。恁麼いふに、居易すなはち拝謝してさる。まことに居易は、白將軍がのちなりといへども、奇代の詩仙なり。人つたふらくは、二十四生の文學なり。あるいは文殊の号あり、あるいは彌勒の号あり。風情のきこえざるなし、筆海の朝せざるなかるべし。しかあれども、佛道には初心なり、晩進なり。いはんやこの諸惡莫作、衆善奉行は、その宗旨、ゆめにもいまだみざるがごとし。居易おもはくは、道林ひとへに有心の趣向を認じて、諸惡をつくることなかれ、衆善奉行すべしといふならんとおもひて、佛道に千古萬古の諸惡莫作、衆善奉行の亙古亙今なる道理、しらずきかずして、佛法のところをふまず、佛法のちからなきがゆゑにしかのごとくいふなり。たとひ造作の諸惡をいましめ、たとひ造作の衆善をすゝむとも、現成の莫作なるべし。おほよそ佛法は、知識のほとりにしてはじめてきくと、究竟の果上もひとしきなり。これを頭正尾正といふ。妙因妙果といひ、佛因佛果といふ。佛道の因果は、異熟等流等の論にあらざれば、佛因にあらずは佛果を感得すべからず。道林この道理を道取するゆゑに佛法あるなり。諸惡たとひいくかさなりの盡界に彌淪し、いくかさなりの盡法を呑卻せりとも、これ莫作の解脱なり。衆善すでに初中後善にてあれば、奉行の性相體力等を如是せるなり。居易かつてこの蹤跡をふまざるによりて、三歳の孩兒も道得ならんとはいふなり。道得をまさしく道得するちからなくて、かくのごとくいふなり。あはれむべし、居易、なんぢ道甚麼なるぞ。佛風いまだきかざるがゆゑに。三歳の孩兒をしれりやいなや。孩兒の才生せる道理をしれりやいなや。もし三歳の孩兒をしらんものは、三世諸佛をもしるべし。いまだ三世諸佛をしらざらんもの、いかでか三歳の孩兒をしらん。對面せるはしれりとおもふことなかれ、對面せざればしらざるとおもふことなかれ。一塵をしるものは盡界をしり、一法を通ずるものは萬法を通ず。萬法に通ぜざるもの、一法に通ぜず。通を學せるもの通徹のとき、萬法をもみる、一法をもみるがゆゑに、一塵を學するもの、のがれず盡界を學するなり。三歳の孩兒は佛法をいふべからずとおもひ、三歳の孩兒のいはんことは容易ならんとおもふは至愚なり。そのゆゑは、生をあきらめ死をあきらむるは佛家一大事の因縁なり。

ここで挙される話頭の出処は『聯灯会要』二・杭州鵲巣道林「白侍郎居易、守杭、謁師問云、如何是仏法大意。師云、諸悪莫作、衆善奉行。白云、三歳孩児、也解恁麼道。師云、三歳孩児雖道得、八十老人行不得。白遂作礼而謝」(「続蔵」七九・二七中)が相当されますが、『景徳伝灯録』には三か所(四杭州鳥窠道林章・七京兆興善寺惟寛章・十唐杭州刺史白居易章)に白居易(白楽天)が採録されます。特に第十(「大正蔵」五一・二八〇上)では元和十五年(820)に鳥窠和尚を訪ねた旨が記され、第四(「同」五一・二三〇中)にはその時の問答が収録され、また元和四年(809)には興善惟寛に参じた折の問答が第七(「同」五一・二五五上)に記録される状況です。

「唐の白居易」としますが、唐は618年―907年のおよそ三百年続きますから、白居易の生きた772年―846年の七十五年間は中唐の時代に在した人物です。「仏光如満禅師の俗弟子なり」とは、前出『景徳伝灯録』十にて「前落京仏光寺如満禅師法嗣、唐杭州刺史白居易楽天。久参仏光得心法、兼禀大乗金剛宝戒」(「大正蔵」五一・二七九下)からの援用です。仏光禅師は馬祖道一(江西大寂禅師)に在っては第十位に列居されるわけですから、白居易からすれば孫師匠にあたり、馬祖からすれば孫子と呼ばれる間柄です。

杭州の刺史にて在りし時」とは、長慶二年(822)十月から同四年五月までの足かけ三年を云うが、この時期の代表的七言律詩には「杭州春望」があり、西湖などが殊に気に入ったようである。

「鳥窠の道林禅師に参じき」の鳥窠とは、道林禅師が秦望山の松の枝に住したことから、世間から鳥窠和尚と呼ばれたようである「後見秦望山、有長松枝葉繁茂盤屈如蓋。遂棲止其上、故時人謂之鳥窠禅師」(「大正蔵」五一・二三〇中)が、実際には松の枝によじ登り坐を組んだわけではなく、大自然の中に溶け込む様態をデフォルメしたものと思われるが、鳥窠道林の法系は牛頭法融を始祖とする牛頭禅と云われる法脈である為、このような言説が生まれたものかも知れない。

その道林の道場での白居易の問いが「如何是仏法大意」であり、これに対し道林は「諸悪莫作、衆善奉行」と答話するわけだが、白居易はこの「諸悪莫作」を額面通りに道徳・倫理の如く受け止めた為に、「もし恁麼にてあらんは、三歳の孩児も道得ならん」(三歳孩児也解恁麽道)と、凡庸な返答をすると、道林は間髪入れず「三歳孩兒縱道得、八十老翁行不得」なりと、仏道は観念論を問うのではなく、行実一味を説く旨を白居易に云い含めると、居易は即座に拝謝の礼を作し去った。と云う問答話であるが、白居易も単なる詩人ではなく香山居士と号した学人ですから、坐禅を行じた「斎戒満夜戯招夢得」と題する七言律詩「紗籠灯下道塲前、白日持斎夜坐禅、無復更思身外事―後略」(『白氏文集』第六十六)を見ることが出来、ほかにも「同巻」では数種の坐禅に関する詩文が散見される。

「まことに居易は、白将軍がのちなりと云えども、奇代の詩仙なり。人伝うらくは、二十四生の文学なり。或いは文殊の号あり、或いは弥勒の号あり。風情の聞こえざるなし、筆海の朝せざるなかるべし。しかあれども、仏道には初心なり、晩進なり。云わんやこの諸悪莫作、衆善奉行は、その宗旨、夢にも未だ見ざるが如し」

白居易が白将軍(白起・紀元前三百年頃の戦国時代での武勇人)の後裔であるとの文献は如何なるものか知り得ませんが、彼の出身地は陝西省渭南で、自身が先祖の出身地を山西省の太原とは称するものの、白将軍云々は後代に人が付け加えたものです。

「奇代の詩仙なり」とは、自らの詩集『白氏文集』七十五巻(七十一巻在)を成し、その数は三千八百首にも及ぶ詩歌を官職を務めながらの業績は詩仙に値するものです。

さらに「二十四生文学・文殊弥勒の号・風情の聞こえざるなし、筆海の朝せざるなかるべし」などと最良の讃辞を与えます。同じような表現法を『渓声山色』巻にては「蘇東坡」に対する評価として「筆海の真龍・仏海の龍象・重淵にも游泳・曾雲にも昇降」との似通った表現形態は、幼少より「李嶠」(唐代詩人)や「毛詩」「春秋左氏伝」(古文経書)などに親しんだ道元によれば、蘇東坡や白居易の先達の存在は、一目に値するものだったものかも知れない。

次いで「しかあれども、仏道には初心なり、晩進なり」と、詩歌と仏道との次元の差異を言わんとするものです。

仏道に於ける「諸悪莫作・衆善奉行」の宗旨(本旨)は、「若有恁麽、三歳孩児也道得」との答話では、居易自身と孩児との比較論である為、「(仏道は)夢にも未だ見ざるが如し」と叱責されるのです。

「居易思わくは、道林ひとえに有心の趣向を認じて、諸悪を作る事なかれ、衆善奉行すべしと云うならんと思いて、仏道に千古万古の諸悪莫作、衆善奉行の亙古亙今なる道理、知らず聞かずして、仏法の処を踏まず、仏法のちから無きが故にしかの如く云うなり。たとい造作の諸悪を戒め、たとい造作の衆善を勧むとも、現成の莫作なるべし」

これから白居易に対する拈提の披瀝で、白居易の思いは、道林和尚は単に「有心」という世情を引き合いに出しての「諸悪を作ること莫れ、衆善奉行すべし」との思いであったろうとの、やや居易に同情的とも言えるものですが、次に居易の勉強不足を「仏道に於ける千古万古・亙古亙今に伝播する諸悪莫作の道理」を、「知らず聞かず・仏法の処を踏まず」と仏法の聞法・参究が無きことを「仏法の力量が無いから」表面上の文字面を追う理解しか出来ないのである、との手厳しい評価です。

よしんば、居易が「諸悪の造作」を戒め、或いは「衆善の造作」を勧めても、それは一時的便法でしかなく、尽十方界に於いては「現成の莫作」つまりは、眼前する真実相は莫作の尽地尽界尽時尽法の上に在るのである。

「おおよそ仏法は、知識のほとりにして始めて聞くと、究竟の果上も等しきなり。これを頭正尾正と云う。妙因妙果と云い、仏因仏果と云う。仏道の因果は、異熟等流等の論にあらざれば、仏因にあらずは仏果を感得すべからず。道林この道理を道取する故に仏法あるなり」

仏法というのは、指導者(知識)の所で初発心で聞く時と、究極の果上(大悟)は等価である。つまりは始覚門的な修行法ではなく、行ずる事態と果上は等しいのである。

このような修証不二を「頭正尾正」とも「妙因妙果」とも「仏因仏果」とも言うもので、現成する真実底は何時如何なる時も、真実態の表出を説くものです。

修証一等である仏道の因果は、「異熟等流」などと云った外道の論は、修証一等を説く仏道の因果とは論外であり、「仏因にあらずは仏果を感得すべからず」とは、一見独善的態度とも受け取られるような言い回しですが、この場の「仏因」の仏とは尽地尽界尽時尽法を言い含めたもので、仏法に非ざる法は無いわけですから、おのづと仏果も「仏」以外には在り得ませんから、「仏因にあらずは仏果を感得すべからず」と言えるものです。

道林和尚は、この仏法の全体的把握ができ、その道理(論理性)を表明(道取)することが可能な為に、「仏法あるなり」との道元禅師の評価が下るわけです。

「諸悪たといい幾重なりの尽界に弥淪し、幾重なりの尽法を呑卻せりとも、これ莫作の解脱なり。衆善すでに初中後善にてあれば、奉行の性相体力等を如是せるなり。居易曾てこの蹤跡を踏まざるによりて、三歳の孩児も道得ならんとは云うなり。道得をまさしく道得する力なくて、かくの如く云うなり」

「諸悪」と呼ぶ事象が何重にも尽法を呑卻し尽しても、この現象そのものが「莫作」の存在があるから、「弥淪・呑卻」が可能であり、その事自体を「解脱」と位置づけるのである。次に「衆善奉行」も同様に、「衆善すでに初中後善にてあれば」とは、衆善は一つ一つの事象を指すのではなく、初中後つまり全体を「善」と捉え、不離不即の「奉行」も『法華経』序品にて説かれる「性相体力」それぞれの様態を全体と把捉する。つまり、諸悪と莫作・衆善と奉行の一物・同事を言わんとするものです。

このような仏法に於ける基礎学力の跡形(蹤跡)を実際に踏んでいないから、「三歳の孩児も道得ならん」との軽率な発言があるのである。道得(説明)する力量が無いから、このような三歳孩児論を云うのである。

「憐れむべし、居易、なんぢ道甚麼なるぞ。仏風未だ聞かざるが故に。三歳の孩児を知れりや否や。孩児の才生せる道理を知れりや否や。もし三歳の孩児を知らん者は、三世諸仏をも知るべし。未だ三世諸仏を知らざらん者、如何でか三歳の孩児を知らん。対面せるは知れりと思う事なかれ、対面せざれば知らざると思う事なかれ」

白居易ともあろう詩仙が、何を道っているのか(道甚麼)。とは痛烈な評価であるが、浅薄な止悪勧善な道徳論を掲げ、仏風を聞かざる故に「三歳の孩児の本来面目・孩児の生誕(才生)の道理を知っているのか」と論難されるのである。

三歳孩児と三世諸仏は全く別次元と考えがちですが、三歳孩児の面目を把握できれば、おのづと三世諸仏も知り得るわけである。逆に三世諸仏を解会できない者は三歳孩児をも知解できない。とは、三世も三歳も一法究尽に於ける同時同性な存在だからであるからである。仏法の会得には、対面・不対面は関係ないのである。

「一塵をし知る者は尽界を知り、一法を通ずる者は万法を通ず。万法に通ぜざる者、一法に通ぜず。通を学せる者通徹の時、万法をも見る、一法をも見るが故に、一塵を学する者、逃れず尽界を学するなり。三歳の孩児は仏法を云うべからずと思い、三歳の孩児の云わん事は容易ならんと思うは至愚なり。その故は、生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」

この処も前所を承けての同様な論調で、「一塵と尽界」は、一塵の外界に尽界が覆うような印象を与えますが、この一塵の「一」は数序列の一ではなく、絶対値である一ですから尽に共有されるものです。ですから、「一法は万法に通ず」が成り立ち、逆に「万法に通じなければ、一法は通ぜず」との解釈です。「一塵を学する者、尽界を学するなり」とは、一塵と尽界の差別義を破するものです。

さらに再び、白居易の孩児論を引き出し、三歳孩児は我々大人より劣位に在り、仏法はわからない・言説は容易との固着観念に縛られている為に「至愚なり」と断罪し、その理由を「生死の一大事因縁を明らめない仏家の初心・晩進」である、との意見です。

古徳いはく、なんぢがはじめて生下せりしとき、すなはち獅子吼の分あり。師子吼の分とは、如來轉法輪の功徳なり、轉法輪なり。又古徳いはく、生死去來、眞實人體なり。しかあれば、眞實體をあきらめ、獅子吼の功徳あらん、まことに一大事なるべし、たやすかるべからず。かるがゆゑに、三歳孩兒の因縁行履あきらめんとするに、さらに大因縁なり。それ三世の諸佛の行履因縁と、同不同あるがゆゑに。居易おろかにして三歳の孩兒の道得をかつてきかざれば、あるらんとだにも疑著せずして、恁麼道取するなり。道林の道聲の雷よりも顯赫なるをきかず、道不得をいはんとしては、三歳孩兒還道得といふ。これ孩兒の獅子吼をもきかず、禪師の轉法輪をも蹉過するなり。禪師あはれみをやむるにあたはず、かさねていふしなり、三歳の孩兒はたとひ道得なりとも、八十老翁は行不得ならんと。いふこゝろは、三歳の孩兒に道得のことばあり、これをよくよく參究すべし。八十の老翁に行不得の道あり、よくよく功夫すべし。孩兒の道得はなんぢに一任す、しかあれども孩兒に一任せず。老翁の行不得はなんぢに一任す、しかあれども老翁に一任せずといひしなり。佛法はかくのごとく辦取し、説取し、宗取するを道理とせり。

「古徳云く、汝が始めて生下せりし時、即ち獅子吼の分あり。師子吼の分とは、如来転法輪の功徳なり、転法輪なり。又古徳云く、生死去来、真実人体なり。しかあれば、真実体を明らめ、獅子吼の功徳あらん、まことに一大事なるべし、たやすかるべからず。かるが故に、三歳孩児の因縁行履明らめんとするに、さらに大因縁なり。それ三世の諸仏の行履因縁と、同不同あるが故に」

ここで唐突に古徳云く、との古則とみられる拈挙とされますが、これは前項の「生と死を明らむる」に対する付加文と思われ、「汝が始めて生下せりし時、即ち獅子吼の分あり」の明確な出典籍はありませんが、一般的には「天上天下、行歩七歩、作声獅子吼」(『景徳伝灯録』一「大正蔵」五一・二〇五中)から捩ったもので、「人が生み下る時は、釈尊同様な獅子吼の分あり」とは、釈迦も我々も「莫作」の現況下では変わりない、ことの古則引用と思われます。その「師子吼の分」とは如来の説法の功徳の表れであり、そのままが法輪を転ずる事である。

さらに「生死去来、真実人体」の話頭ですが、是は『圜語録』六「更討、甚麼生死去来、地水火風、声香味触、都盧是箇真実人体」(「大正蔵」四七・七四〇中)からの引用とすれば、この「生死」は生きる死ぬる、ではなく「驢事未去、馬事到来」同様、日常底の交差を云い、そこには真実態なる人体が在るからこそ、生死去来が行持される、との事です。

そういう事情ですから、真実体(態)を明らかにし、説法(獅子吼)の功徳ある事は、一大事(因縁)であり容易ではないのである。

ですから、「三歳孩児の因縁行履」と「三世諸仏の行履因縁」は、生死去来・驢事馬事の譬え同様に、「同不同」が混在した一物・同事である。

「居易愚かにして三歳の孩児の道得を曾て聞かざれば、有るらんとだにも疑著せずして、恁麼道取するなり。道林の道声の雷よりも顕赫なるを聞かず、道不得を云わんとしては、三歳孩児還道得と云う。これ孩児の獅子吼をも聞かず、禅師の転法輪をも蹉過するなり」

これは白居易の云い分の矛盾を突くもので、居易は、これまでに三歳孩児の道い得るを聞いた事がないから、「有るだろう」と疑いもしないから「三歳の孩児も道得ならん」と道うのである。道林の云う「諸悪莫作、衆善奉行」馬耳東風し、三歳孩児の道不得を云おうとして「三歳孩児還道得」と云う始末である。これでは孩児の獅子吼も聞かず、道林の轉法輪も蹉過(間違える)するのである。

「禅師憐れみを止むるに能わず、重ねて云うしなり、三歳の孩児はたとい道得なりとも、八十老翁は行不得ならんと。云う心は、三歳の孩児に道得のことば有り、これをよくよく参究すべし。八十の老翁に行不得の道あり、よくよく功夫すべし。孩児の道得は汝に一任す、しかあれども孩児に一任せず。老翁の行不得は汝に一任す、しかあれども老翁に一任せずと云いしなり。仏法はかくの如く辦取し、説取し、宗取するを道理とせり」

道林禅師は白居易の「三歳の孩児も道得ならん」に対し老婆心で以て重ねて云うには、「三歳の孩児はたとい道得なりとも、八十老翁は行不得ならん」と。これより最後段に於ける拈提です。

道林の謂わんとする意趣は、「三歳の孩児には尽十方界真実人体が具現する婆婆和和のことばが有るのであり、この獅子吼の音声をよくよく参究しなさい。また八十の老翁には行不得(行が得ずではなく、行の不得)という道(ことば)があるので、よくよく功夫すべきである」との言が道元禅師による解説です。

最後の「孩児の道得は汝に一任す」の汝は誰を想定してのことか。白居易に任すとは経豪和尚の云い分(「註解全書」一・六〇四)であるが、これは近々の課題としては聴取する山内衆に対しての問い掛けにも、さらに遠大な課題としては尽十方界真実態に任し、もはや孩児による問題提起ではない旨を、「しかあれども孩児に一任せず」と解き示すものと考えられます。同じ論調で「老翁の行不得は汝に一任す」の汝は、聴聞する雲衲に、つまりは真実人体に一任するとは、現在の我々に問い掛けられている進行形でも有るわけです。この段階では道林和尚の役割は終え、「仏法はこのように辦取(取り扱い)し、説取(説明)し、宗取(宗旨を得道)するを道理とせり」とは、仏法は遠大な事象を説く事ではなく、全自己と直結した真実人体で以て「諸悪莫作」を通徹しなさい、との言説と理解し擱筆とします。

猶『聞書』では「寂光」と「詮慧」による詳密なる註解が語られますが、未だ全体把握が出来ていない為、今後の課題として両和尚の見た「諸悪莫作」論を起稿する次第です。