正法眼蔵を読み解く

現代人による正法眼蔵解説

正法眼蔵第六十三「發菩提心」を読み解く

正法眼蔵第六十三「發菩提心」を読み解く

 

 西國高祖曰、雪山喩大涅槃。

 しるべし、たとふべきをたとふ。たとふべきといふは、親曾なるなり、端的なるなり。いはゆる雪山を拈來するは喩雪山なり。大涅槃を拈來する、大涅槃にたとふるなり。

 震旦初祖曰、心々如木石。

 いはゆる心は心如なり。盡大地の心なり。このゆゑに自佗の心なり。盡大地人および盡十方界の佛祖および天龍等の心々は、これ木石なり。このほかさらに心あらざるなり。この木石、おのれづから有、無、空、色等の境界に籠籮せられず。この木石心をもて發心修證するなり、心木心石なるがゆゑなり。この心木心石のちからをもて、而今の思量箇不思量底は現成せり。心木心石の風聲を見聞するより、はじめて外道の流類を超越するなり。それよりさきは佛道にあらざるなり。

 大證國師曰、牆壁瓦礫、是古佛心。

 いまの牆壁瓦礫、いづれのところにかあると參詳看あるべし。是什麼物恁麼現成と問取すべし。古佛心といふは、空王那畔にあらず。粥足飯足なり、草足水足なり。かくのごとくなるを拈來して、坐佛し作佛するを、發心と稱ず。

 おほよそ發菩提心の因縁、ほかより拈來せず、菩提心を拈來して發心するなり。菩提心を拈來するといふは、一莖草を拈じて造佛し、無根樹を拈じて造經するなり。いさごをもて供佛し、漿をもて供佛するなり。一摶の食を衆生にほどこし、五莖の花を如來にたてまつるなり。佗のすゝめによりて片善を修し、魔に嬈せられて禮佛する、また發菩提心なり。しかのみにあらず、知家非家、捨家出家、入山修道、信行法行するなり。造佛造塔するなり。讀經念佛するなり。爲衆説法するなり、尋師訪道するなり。跏趺坐するなり、一禮三寶するなり、一稱南無佛するなり。

 かくのごとく、八萬法蘊の因縁、かならず發心なり。あるいは夢中に發心するもの、得道せるあり、あるいは醉中に發心するもの、得道せるあり。あるいは飛花落葉のなかより發心得道するあり、あるいは桃花翠竹のなかより發心得道するあり。あるいは天上にして發心得道するあり、あるいは海中にして發心得道するあり。これみな發菩提心中にしてさらに發菩提心するなり。身心のなかにして發菩提心するなり。諸佛の身心中にして發菩提心するなり、佛祖の皮肉骨髓のなかにして發菩提心するなり。

 しかあれば、而今の造塔造佛等は、まさしくこれ發菩提心なり。直至成佛の發心なり、さらに中間に破癈すべからず。これを無爲の功徳とす、これを無作の功徳とす。これ眞如觀なり、これ法性觀なり。これ諸佛集三昧なり、これ得諸佛陀羅尼なり。これ阿耨多羅三藐三菩提心なり、これ阿羅漢果なり、これ佛現成なり。このほかさらに無爲無作等の法なきなり。

 しかあるに、小乘愚人いはく、造像起塔は有爲の功業なり。さしおきていとなむべからず。息慮凝心これ無爲なり、無生無作これ眞實なり、法性實相の觀行これ無爲なり。かくのごとくいふを、西天東地の古今の習俗とせり。これによりて、重罪逆罪をつくるといへども造像起塔せず、塵勞稠林に染汚すといへども念佛讀經せず。これたゞ人天の種子を損壞するのみにあらず、如來の佛性を撥無するともがらなり。まことにかなしむべし、佛法僧の時節にあひながら、佛法僧の怨敵となりぬ。三寶の山にのぼりながら空手にしてかへり、三寶の海に入りながら空手にしてかへらんことは、たとひ千佛萬祖の出世にあふとも、得度の期なく、發心の方を失するなり。これ經巻にしたがはず、知識にしたがはざるによりてかくのごとし。おほく外道邪師にしたがふによりてかくのごとし。造塔等は發菩提心にあらずといふ見解、はやくなげすつべし。こゝろをあらひ、身をあらひ、みゝをあらひ、めをあらうて見聞すべからざるなり。まさに佛經にしたがひ、知識にしたがひて、正法に歸し、佛法を修學すべし。

 佛法の大道は、一塵のなかに大千の經巻あり、一塵のなかに無量の諸佛まします。一草一木ともに身心なり。萬法不生なれば一心も不生なり、諸法實相なれば一塵實相なり。しかあれば、一心は諸法なり、諸法は一心なり、全身なり。造塔等もし有爲ならんときは、佛果菩提、眞如佛性もまた有爲なるべし。眞如佛性これ有爲にあらざるゆゑに、造像起塔すなはち有爲にあらず、無爲の發菩提心なり、無爲無漏の功徳なり。たゞまさに、造像起塔等は發菩提心なりと決定信解すべきなり。億劫の行願、これより生長すべし、億々萬劫くつべからざる發心なり。これを見佛聞法といふなり。

 しるべし、木石をあつめ泥土をかさね、金銀七寶をあつめて造佛起塔する、すなはち一心をあつめて造塔造像するなり。空々をあつめて作佛するなり、心々を拈じて造佛するなり。塔々をかさねて造塔するなり、佛々を現成せしめて造佛するなり。

 かるがゆゑに、經にいはく、作是思惟時、十方佛皆現。

 しるべし、一思惟の作佛なるときは、十方思惟佛皆現なり。一法の作佛なるときは、諸法作佛なり。

 釋迦牟尼佛言、明星出現時、我與大地有情、同時成道。

 しかあれば、發心修行、菩提涅槃は、同時の發心修行菩提涅槃なるべし。佛道の身心は草木瓦礫なり、風雨水火なり。これをめぐらして佛道ならしむる、すなはち發心なり。虚空を撮得して造塔造佛すべし。谿水を掬啗して造佛造塔すべし。これ發阿耨多羅三藐三菩提なり。一發菩提心を百千萬發するなり。修證もまたかくのごとし。

 しかあるに、發心は一發にしてさらに發心せず、修行は無量なり、證果は一證なりとのみきくは、佛法をきくにあらず、佛法をしれるにあらず、佛法にあふにあらず。千億發の發心は、さだめて一發心の發なり。千億人の發心は、一發心の發なり。一發心は千億の發心なり、修證轉法もまたかくのごとし。草木等にあらずはいかでか身心あらん、身心にあらずはいかでか草木あらん、草木にあらずは草木あらざるがゆゑにかくのごとし。

 坐禪辦道これ發菩提心なり。發心は一異にあらず、坐禪は一異にあらず、再三にあらず、處分にあらず。頭々みなかくのごとく參究すべし。草木七寶をあつめて造塔造佛する始終、それ有爲にして成道すべからずは、三十七品菩提分法も有爲なるべし。三界人天の身心を拈じて修行せん、ともに有爲なるべし、究竟地あるべからず。草木瓦礫と四大五蘊と、おなじくこれ唯心なり、おなじくこれ實相なり。盡十方界、眞如佛性、おなじく法住法位なり。眞如佛性のなかに、いかでか草木等あらん。草木等、いかでか眞如佛性ならざらん。諸法は有爲にあらず、無爲にあらず、實相なり。實相は如是實相なり、如是は而今の身心なり。この身心をもて發心すべし。水をふみ石をふむをきらふことなかれ。たゞ一莖草を拈じて丈六金身を造作し、一微塵を拈じて古佛塔廟を建立する、これ發菩提心なるべし。見佛なり、聞佛なり。見法なり、聞法なり。作佛なり、行佛なり。

 釋迦牟尼佛言、優婆塞優婆夷、善男子善女人、以妻子肉供養三寶、以自身肉供養三寶。諸比丘既受信施、云何不修。

 しかあればしりぬ、飲食衣服、臥具醫藥、僧房田林等を三寶に供養するは、自身および妻子等の身肉皮骨髓を供養したてまつるなり。すでに三寶の功徳海にいりぬ、すなはち一味なり。すでに一味なるがゆゑに三寶なり。三寶の功徳すでに自身および妻子の皮肉骨髓に現成する、精勤の辦道功夫なり。いま世尊の性相を擧して、佛道の皮肉骨髓を參取すべきなり。いまこの信施は發心なり。受者比丘、いかでか不修ならん。頭正尾正なるべきなり。これによりて、一塵たちまちに發すれば一心したがひて發するなり、一心はじめて發すれば一空わづかに發するなり。おほよそ有覺無覺の發心するとき、はじめて一佛性を種得するなり。四大五蘊をめぐらして誠心に修行すれば得道す、草木牆壁をめぐらして誠心に修行せん、得道すべし。四大五蘊と草木牆壁と同參なるがゆゑなり、同性なるがゆゑなり。同心同命なるがゆゑなり、同身同機なるがゆゑなり。

 これによりて、佛祖の會下、おほく拈草木心の辦道あり。これ發菩提心の様子なり。五祖は一時の栽松道者なり、臨濟は黄蘗山の栽杉松の功夫あり。洞山には劉氏翁あり、栽松す。かれこれ松栢の操節を拈じて、佛祖の眼睛を抉出するなり。これ弄活眼睛のちから、開明眼睛なることを見成するなり。造塔造佛等は弄眼睛なり、喫發心なり、使發心なり。

 造塔等の眼睛をえざるがごときは、佛祖の成道あらざるなり。造佛の眼睛をえてのちに、作佛作祖するなり。造塔等はつひに塵土に化す、眞實の功徳にあらず、無生の修練は堅牢なり、塵埃に染汚せられずといふは佛語にあらず。塔婆もし塵土に化すといはば、無生もまた塵土に化するなり。無生もし塵土に化せずは、塔婆また塵土に化すべからず。遮裡是甚麼處在、説有爲説無爲なり。

 經云、菩薩於生死、最初發心時、一向求菩提、堅固不可動。彼一念功徳、深廣無涯際、如來分別説、窮劫不能盡。

 あきらかにしるべし、生死を拈來して發心する、これ一向求菩提なり。彼一念は一草一木とおなじかるべし、一生一死なるがゆゑに。しかあれども、その功徳の深も無涯際なり、廣も無涯際なり。窮劫を言語として如來これを分別すとも、盡期あるべからず。海かれてなほ底のこり、人は死すとも心のこるべきがゆゑに不能盡なり。彼一念の深廣無涯際なるがごとく、一草一木、一石一瓦の深廣も無涯際なり。一草一石もし七尺八尺なれば、彼一念も七尺八尺なり、發心もまた七尺八尺なり。

 しかあればすなはち、入於深山、思惟佛道は容易なるべし、造塔造佛は甚難なり。ともに精進無怠より成熟すといへども、心を拈來すると、心に拈來せらるゝと、はるかにことなるべし。かくのごとくの發菩提心、つもりて佛祖現成するなり。

 

 正法眼藏發菩提心第六十三

 

  爾時寛元二年甲辰二月十四日在越州吉田縣吉峰精舎示衆

  弘安二年己卯三月十日在永平寺書冩之 懷弉

 

正法眼蔵を読み解く発菩提心」(二谷正信著)

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/hotsubodaishin

 

詮慧・経豪による註解書については

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禅研究に関しては、月間アーカイブをご覧ください

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道元白山信仰ならびに吉峰・波著・禅師峰の関係についてー中世古 祥道

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2022/08/01/145341

 

道元永平寺―『福井県史』通史編2中世より抜書(一部改変)

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2021/08/14/173407

 

 

 

 

 

 

正法眼蔵第六十三 発無上心 (聞書・抄)

詮慧・経豪 正法眼蔵第六十三 発無上心 (聞書・抄)

西国高祖曰、雪山喩大涅槃。しるべし、たとふべきをたとふ。たとふべきといふは、親曾なるなり、端的なるなり。いはゆる雪山を拈来するは喩雪山なり。大涅槃を拈来する、大涅槃にたとふるなり。

詮慧

〇「喩」と云う事、仏法には法譬因縁とて三のその一也。上中下の三の機根に当てて、上根にはやがて其法を説き、中根には譬を説き、下根には因縁を以て説く。今の義には上中下の機根と分かたず、超越大小権実ゆえに、喩と云うも白き事を云わんとて、雪と云うにはあらず。雪をば雪に喩ふるなり。是を「親曾なる也」と云う、「端的なる也」と云う。法譬因縁を云うに法華経を蓮華に喩うる、譬喩当体とて、二にとる当体は法に同じ、詞の変わる計也。雪山は当体の義也、又無明即法性、法性即無明などと云う。一茎草を拈じて造仏し、無根樹を拈じて造経するなどと云う拈の義也。又大乗因者諸法実相也、大乗果者亦諸法実相也と云う程のことなり。この喩の字の丈にて、一切の字をも可心得。即と云うも、発と云うも、如と云うも、有無は善悪も是程なるべし。大涅槃に拈来して、大涅槃に喩うと云う心地、(祖師)『西来意』の巻には、枝々を攀・足々を踏むなどと云いし同じかるべし。「雪山喩大涅槃」などと云う時は法譬と覚ゆ。実相・真如・法性・涅槃などと云う時は、仏法也と思う、不可然。山河大地・拄杖払子と説くも、やがて仏法也。喩えには分喩あり、全喩あり、雪山を大涅槃に喩うこれなり。

〇教外と云うにも二の心あるべし。八宗九宗と云うにも、一宗の内なお四教を立つ是等に同じからざれば、教外の別伝と云うと心得方あり。一向教を嫌う事あり、此義無謂所談こそ変われ、経説にこなたの義なきにあらず。仏以一音の説を、機々が各得解するにてこそあれ、されば三十七品は小乗なれども、こなたに取る時、一字も不棄べし。やがて直指単伝大乗至極の法と云う。大段を如此取りふせぬる上は、いづれの詞も不可有障礙なり。

〇生死を云うにも世間に思うが如く、生より死に移るとは云わず、こなたには生也全機現・死也全機現と談ず。如此生死を超越しぬる上は、法譬因縁をも、嫌わず不可住、日来(の)見ゆえに。

〇無障礙の法を虚空とも談ずれども、世間の法を以て喩えには隔つる方あり。故に大涅槃を拈じて大涅槃と喩うと云う。棄三界で始めて成等正覚するにあらず、詞に厭三界とは云えども、まさしき正覚の時は、大地有情同時成道と仏は悟らせ御座します。仏を以て大地に喩え、大地を以て仏に喩うべきか。

〇直指単伝と云わん時、譬を可用ならねども、詞を取る時捨つべからず。雪山の喩えも、喩うべきを喩うる也。ただ色に付けて、白ければとて、華与雪を云うには不可似也。

〇迷と悟と殊に差別あり、仏と衆生と専ら懸隔也。然而又悟りの時、迷を捨つとも云わず、諸法仏法なる時節には迷あり悟ありと云う。迷を大悟するを諸法と云い、さとりに大迷なるを衆生と云う事あり。これは世間に誰も心得る時は、悟上得悟漢、迷中又迷の漢と云う。直指法は如此なるなり。

経豪

  • 「高祖」と者仏也、「雪山」者所名也。雪山に大涅槃を喩えと云えば、喩えば雪の清浄にして汚されず、清浄離塵の体に喩えたるように聞こえたり。但御釈に分明也、非今義べし。所詮「雪山を拈来するは、喩雪山也。大涅槃を拈来する、大涅槃に喩うるなり」とは云う也。やがて此の雪山の姿を、大涅槃と談ずる也、大涅槃を雪山とするなり。祖門所談の譬喩の姿如此なるべし。白物を雪に喩え、黒き物を漆に喩うなどとするは、いかにも能所二なくては不被談也、是れ旧見なるべし。(西国高祖とは指仏歟。既に仏を拈来すとあり、仏歟。廿八祖問歟、追可勘決)

 

震旦初祖曰、心々如木石。いはゆる心は心如なり。尽大地の心なり。このゆゑに自佗の心なり。尽大地人および尽十方界の仏祖および天・龍等の心々は、これ木石なり。このほかさらに心あらざるなり。

この木石、おのれづから有、無、空、色等の境界に籠籮せられず。この木石心をもて発心修証するなり、心木心石なるがゆゑなり。

この心木心石のちからをもて、而今の思量箇不思量底は現成せり。心木心石の風声を見聞するより、はじめて外道の流類を超越するなり。それよりさきは仏道にあらざるなり。

詮慧

〇「震旦初祖曰、心々如木石」(祖は達磨なり)、先ず「心々」と云うは、重点不審也。只「心如木石」と云いて足りぬべしと云いし難も、来ぬべし是程の難には、又「木石」と二を出だせば、木心石心と云わん為に、二ありとも云いつべし。但是等は法の詮にては努々(ゆめゆめ)なし。西国高祖の段に喩と云う詞を嫌いて大涅槃を、大涅槃に喩うと云いつるだけを、ここには「心々」と重ねて云うと心得るべし。

〇「如」の字を仕うに、譬如として喩えと取る方あり、又同じなる方にも仕う。経に如是我聞と云う、一には仏説の如く変わる事なしとも心得、一には似たる事を「如」と云うとも心得る。いまは超越是等義(を)、「心々如木石」とはある也。「如木石」と云うは、心々は心如心也と可心得。 天台義に如是相と云う、十如是のはじめの如是相を空仮中の三諦に釈し合わするに、文字を令上下して読歟、如是相(仮諦の心也)相是如(空の心なり)相如是(中通義)如此三の義也。「如」は似に通う、一心法界なりとも、一心如法界とも、法界即一心とも心得也。 天台に鏡像の喩えと云う事あれども、鏡を像に鋳ると云うには劣りて聞こゆべし。

〇「尽十方界の仏祖及び天・龍等の心々は、木石なり」と云う、是は尽十方界は、尽十方界の心々、仏祖は仏祖の心々、天・龍等は天・龍等の心々と心得也。心を別に置いて尽界にも、仏祖にも天・龍にも作るにてなし。天・龍等の心は我等が吾我の心に勝るべからざる心と覚するを仏祖と並べて説く。不審なれども、心々と談ずる時は、天・龍心も木石なり、思量箇不思量底も、木石の力を仮らずと云う事なきなり。「如木石」と云う事を悪しく心得て、有念を嫌う事あり、如世間(の)木石心を作さんとする故なり、甚不可然也。

〇又「思量」と云う事を悪しく心得る方には、都て「思」と云う事は、対白すれば白く、対黒すれば黒し。思は定まれる事なし、故に不対境して、寂々となる時を、「不思量」と云う也と解する事あり、如此の見捨てて不可用。吾我に具足したる心を、仏法には心と取らぬ上は、何と談じても不可有益也。

経豪

  • 此の初祖の御詞、又悪しく心得ぬべし。其故は「心」と云えば、慮知の心と思いて、此の心より諸の妄念等も生超す、故に只、如木石なるべしと云うと思えり、然者非仏祖法。又「如木石」と云えば、「如」の詞は喩えの詞と聞こゆ。「心」は心如也と云えば、此の「如」は心の上の如なるべし。所詮今は、尽大地心ならぬ一法あるべからず。「自他」と談ずるも、今の心が上の自他なるべし、如此云えば、心は心に喩うべき也。心の外に物なき故に、雪山は雪山に喩え、大涅槃は大涅槃に喩うる道理に同じなるべし。又「尽大地人及び尽十方界の仏祖、及び天・龍等の心々は、これ木石也」とは、今の尽大地人及び尽十方界の仏・祖・天・龍等を皆「心」と談ずる也。尽大地人、已下彼等は皆面々各々にて、彼等各々心を具足するを呼び出して、心々はこれ木石也と云うにはあらず、彼等を悉心と談ずる所を如此云也。心与木石、全非別体なり。故に「此の外さらに心あらざる也」とは云う也、心外無別法なる故に。
  • 此の心「有・無・空・色等の境界に籠籮せられざる」条勿論也。「発心修証」と云えば、人が在りて縁に被引かれて、発心すると不可心得。「この木石心を発心修証」と云う也。然者発心修証せざる時刻、暫時もあるべかからざるなり。日来の存知は、発心修証は硬く邂逅(思いがけず出会うの意)の事也とこそ思いつれ。是は今の仏法の道理を不見(の)咎によりて、此理を知らざりつ、今はあくまで仏祖正伝の発心修証の理を参学す、可随喜可歓喜也。全発心修証別に不可置也。
  • 御釈に分明に聞こえたり、不可有不審。「思量箇不思量底」の詞、『坐禅箴』のとき事旧了、坐禅の上に今の思量箇不思量を談ぜしように、今は心の上にて思量箇不思量底を可談所を如此云也。今の心木心石の理を見聞する時、始めて外道の見解をば離るるなり。此の道理を参学せざらんは、不可離外道(の)流類、此理を不見聞さきは非仏道也と云う。是則被指凡見歟、口惜事也。

 

大証国師曰、牆壁瓦礫、是古仏心。いまの牆壁瓦礫、いづれのところにかあると参詳看あるべし。是什麼物恁麼現成と問取すべし。

古仏心といふは、空王那畔にあらず。粥足飯足なり、草足水足なり。かくのごとくなるを拈来して、坐仏し作仏するを、発心と称ず。

詮慧 

〇「大証国師曰、牆壁瓦礫、是古仏心」、三界唯一心、心外無別法と云えば、先(の)一法をあげて、「牆」とも「壁」とも、「瓦」とも「礫」とも云うと心得るは、当たらざるべし。「古仏心」に於いて一法なし、只牆壁瓦礫これなり。「是什麼物恁麼」を古仏心と云う也。たとえば「牆壁瓦礫」は口二なるべし。

〇口二と云う事、談義座にて聞かざらん人、一定僻見ありぬべし。人面に口二あらん事甚不可然。古仏心を牆壁瓦礫と云い、牆壁瓦礫を古仏の心也と思わん事を深く誡むる故に、口二と云う詞は出で来る也。牆壁瓦礫と云いては古仏心は隠れ、古仏心と云うならば牆壁瓦礫は隠るべきなり。古仏心ならぬ、大地虚空草木あるまじければ、中々牆ぞ壁ぞなどと、一づつを古仏心とあらん事は、あしかりぬべし牆壁瓦礫と四文字づつ来たらん、少しも可違にあらず。口二とあればとて、一に対したる二にあらず。仏法(は)員(かず)に拘わらざる故に。

〇「古仏」と云う事、いかなるべきぞ。すでに「古仏心と云うは、空王那畔にあらず。粥足飯足なり、草足水足也」と云う、新古を超越すべし。「足」の字は古今を尽くす詞也。

経豪

  • 今「大証国師古仏心」と被仰。「牆壁瓦礫」は只徒らなる、我等が所思の牆ぞ壁ぞ、瓦礫にてあるべからず。古仏心と云わるる牆壁瓦礫、定有子細歟。「いづれの所にあると、参詳看あるべし」と云うは、何れの所も皆、牆壁瓦礫にあらざる所なき道理を例えば如此云わるるなり。以此理「是什麼物恁麼現成と問取すべし」とは云うなり。この「是什麼物恁麼来」の詞も、不審したる非問只法の理が、是什麼物恁麼来の道理なるなり。今の「何れの所にかある」と云う詞、只同じき故に、如此問取すべしとは云う也。
  • 如御釈。「古仏心」と云えば、過去空王仏などと云いて、久しき事を云うと思えり、非爾。今の「粥足飯足・草足水足」等を云うなり。

 

おほよそ発菩提心の因縁、ほかより拈来せず、菩提心を拈来して発心するなり。菩提心を拈来するといふは、一茎草を拈じて造仏し、無根樹を拈じて造経するなり。いさごをもて供仏し、漿をもて供仏するなり。一摶の食を衆生にほどこし、五茎の花を如来にたてまつるなり。

佗のすゝめによりて片善を修し、魔に嬈せられて礼仏する、また発菩提心なり。

しかのみにあらず、知家非家、捨家出家、入山修道、信行法行するなり。造仏造塔するなり。読経念仏するなり。為衆説法するなり、尋師訪道するなり。跏趺坐するなり、一礼三宝するなり、一称南無仏するなり。かくのごとく、八万法蘊の因縁、かならず発心なり。

あるいは夢中に発心するもの、得道せるあり、あるいは醉中に発心するもの、得道せるあり。あるいは飛花落葉のなかより発心得道するあり、あるいは桃花翠竹のなかより発心得道するあり。あるいは天上にして発心得道するあり、あるいは海中にして発心得道するあり。これみな発菩提心中にしてさらに発菩提心するなり。身心のなかにして発菩提心するなり。諸仏の身心中にして発菩提心するなり、

仏祖の皮肉骨髄のなかにして発菩提心するなり。しかあれば、而今の造塔造仏等は、まさしくこれ発菩提心なり。直至成仏の発心なり、さらに中間に破癈すべからず。これを無為の功徳とす、これを無作の功徳とす。これ真如観なり、これ法性観なり。これ諸仏集三昧なり、これ得諸仏陀羅尼なり。これ阿耨多羅三藐三菩提心なり、これ阿羅漢果なり、これ仏現成なり。このほかさらに無為無作等の法なきなり。

詮慧

〇「発菩提心」を初めて発(す)と心得べからず、牆壁瓦礫仏心と云う。発菩提心は一茎草を拈ずる也、隠没に拘わらず、もとよりの菩提心なり。只今の因縁によるに似たれども、全心菩提心なればこそ、今は発れとなり。

〇「魔に嬈せられて」と云うは、魔に嬈せられん上は、仏法なるまじき様に聞こえども、在世に其の例ありき。変化の仏を見て、信を起こして礼する事あり、是も信仏方(法)には菩提心なるべしと也。

経豪

  • 「発菩提心」と云う事、如前云。縁に依りて発心すとのみ心得、此の縁によると云わるる縁も、是菩提心也。ゆえに「外より拈来せず、菩提心を拈来して発心す」と云う道理なるべき也。又「一茎草を拈じて造仏し、無根樹を拈じて造経し、乃至いさごを以て供仏し、漿を以て供仏するなり。一摶の食を衆生に施し、五茎の花を如来に奉る也」とあり。此の各々の所挙が、皆発心菩提心なる故に、菩提心を拈来して発心する也とは被釈也。
  • 祖門には「魔」と云う事を嫌わず。此の魔(は)則ち発菩提心なるべし。「他のすすめ」と云うも、発菩提心の外の他にあらず、彼是共に発菩提心なるべし。
  • 所右挙の一一(の)詞、みな発菩提心なるべし。
  • 如前云、一一(の)詞、悉く発菩提心なる故に、「発菩提心中にして更に発菩提心するなり」とは云うなり。 夢中ならでは不成仏国もあり、則経説也。其国の衆生は皆夢中に生仏するなり。仏も臥せ給う、衆生も寝ぶる其の内にて成仏すと云々。但今所談の夢中は、不可為今義、夢中説夢の夢なるべし。此の夢の姿を、成仏とも一心とも可談なり。
  • 是等の姿、皆発菩提心の故に如此、一一彼挙也。

 

しかあるに、小乗愚人いはく、造像起塔は有為の功業なり。さしおきていとなむべからず。息慮凝心これ無為なり、無生無作これ真実なり、法性実相の観行これ無為なり。かくのごとくいふを、西天東地の古今の習俗とせり。これによりて、重罪逆罪をつくるといへども造像起塔せず、塵勞稠林に染汚すといへども念仏読経せず。これたゞ人天の種子を損壊するのみにあらず、如来の仏性を撥無するともがらなり。まことにかなしむべし、仏法僧の時節にあひながら、仏法僧の怨敵となりぬ。三宝の山にのぼりながら空手にしてかへり、三宝の海に入りながら空手にしてかへらんことは、たとひ千仏万祖の出世にあふとも、得度の期なく、発心の方を失するなり。これ経巻にしたがはず、知識にしたがはざるによりてかくのごとし。おほく外道邪師にしたがふによりてかくのごとし。造塔等は発菩提心にあらずといふ見解、はやくなげすつべし。こゝろをあらひ、身をあらひ、みゝをあらひ、めをあらうて見聞すべからざるなり。まさに仏経にしたがひ、知識にしたがひて、正法に帰し、仏法を修学すべし。

仏法の大道は、一塵のなかに大千の経巻あり、一塵のなかに無量の諸仏まします。一草一木ともに身心なり。万法不生なれば一心も不生なり、諸法実相なれば一塵実相なり。

しかあれば、一心は諸法なり、諸法は一心なり、全身なり。造塔等もし有為ならんときは、仏果菩提、真如仏性もまた有為なるべし。真如仏性これ有為にあらざるゆゑに、造像起塔すなはち有為にあらず、無為の発菩提心なり、無為無漏の功徳なり。

たゞまさに、造像起塔等は発菩提心なりと決定信解すべきなり。

億劫の行願、これより生長すべし、億々万劫くつべからざる発心なり。これを見仏聞法といふなり。しるべし、木石をあつめ泥土をかさね、金銀七宝をあつめて造仏起塔する、すなはち一心をあつめて造塔造像するなり。

空々をあつめて作仏するなり、心々を拈じて造仏するなり。塔々をかさねて造塔するなり、仏々を現成せしめて造仏するなり

かるがゆゑに、経にいはく、作是思惟時、十方仏皆現。しるべし、一思惟の作仏なるときは、十方思惟仏皆現なり。一法の作仏なるときは、諸法作仏なり。

詮慧

〇「造像起塔は有為の功業なり。さしおきていとなむべからず。息慮凝心これ無為なり、無生無作これ真実なり」と云う、造像起塔をこそ無為の善とは習え。此の有為の身にて行ぜんこと有為とて皆捨つべきか、有為の身にて無為と学すること本意なれ。尽十方界真実人体と体脱する故に、造像起塔の詞を一向造作と心得る事あるべからず。作仏作祖これ作像起塔也。「造塔等は発菩提心にあらずといふ見解、早く投げ捨つべし。こころを洗い、身を洗い、耳を洗い、目を洗うて見聞すべからず」と云う、是は洗うようも能々可心得。世間の穎水(えいすい)などにて、耳を洗いし(「穎水洗耳の故事」)様に洗うとは心得まじ。「洗」と云うは、心をば三界唯心と洗うべし、身をば尽十方界真実人体と洗うべし。耳目等をば尽十方界沙門一隻眼の心地にて洗うべき也。

〇「木石を集め泥土を重ね、金銀七宝を集めて造仏起塔する、則ち一心を集めて作仏する也、心々を拈じて造仏するなり。塔々を重ねて造塔する也、仏々を現成せしめて造仏する也」と云う、一心を集むるを空々を集むるとも、塔々を重ぬとも云わるる也。此の集め重ね、現成せしめてと云う詞は、心々如の心地也、大涅槃を大涅槃に喩うる程の事也。西来意に枝が枝を攀じ、足が足を踏む程の丈なり。

〇「経云、作是思惟時、十方仏皆現」と云う、是は塔々を重ねて造塔するなり、仏々を現成せしめて造仏する也と云う所に引かる。これ非能観所観思惟也、思量箇不思量底を思惟皆現なるべき。

経豪

  • 如御釈分明也。尋常所思の邪見等を被出也、能々閑可了見事也。
  • 是は「一塵」は小さく、「無量」は多しとのみ心得る所の、旧見を不失と説き、如此の見はあるなり。此の「一塵則経巻也」、此の「無量則諸仏也」と談ずれば、聊かも今の詞と理と無相違也。一多の理を説く時、仏祖には如此云也。又「一草一木」は別の物、其の外に身心と云う事を談之也、故に仏法の理が親切ならざる也。「一草一木をやがて身心」とだに談ずれば少しも無煩、無不審也。「一心」は身に具足する物、「万法」は其の外に在りなんと心得る時こそ各別なれ。万法の体全く不各別、万法を一心と談ずれば「万法不生なる時、一心も不生」と云わるるなり。「諸法実相なれば、一塵実相也」と云う儀も同前儀也、更被是不可違。
  • 御釈に委しく聞こえたり。「一心を諸法と談ずる上は諸法一心なるべき条」勿論(の)事也。此の理が「全身也」とも云わるる也。「造塔等もし有為ならん時は、仏果菩提も、真如仏性も、又有為なるべし」と談ずる時に、発菩提心なる(は)、造像起塔を有為なるべしと、彼(の)詞に仰せて云う也。故に「造像起塔則ち有為にあらず、無為の発菩提心也、無為無漏の功徳也」とは云う也、実(に)甚深の義なるべし。
  • 「億劫の行願」とは、只発菩提心ならぬ道理なき心地を云うべきか、此理ならぬ一法もなき所が、「是より生長すべし」とは云わるる也。此の発心の姿まことに「世々生々億々万劫破廃すべからざる発心なるべし」。此理を以て「見仏聞法とも云うべき也」と云う也。 打ち任せたる発心は、中間にさめぬれば、やぶるる時もあるべし。今祖門所談の発菩提心、更(に)中間に破廃すと云う義あるべからざる也。
  • 右に所出の木・石・金・銀、七宝等の姿(は)皆是一心なり、発菩提心也非別体。故に此理が「一心を集めて造塔造像するなるべし。空々を集めて作仏す」と云うも、此の空(は)又一心なる故に空々を集めて作仏すとは云う也。乃至「心々を拈じて造仏し、塔々を重ねて造塔し、仏々を現成せしめて造仏する」道理なるべし。
  • 此の経文、大乗の機根にあらざらん輩は、聾盲の如くなり。仍って小乗を拵えんが為に、仏(は)鹿野園に赴きて法を説かんと思惟し給いしを、十方仏皆現して入り入り(?)とある仏達の釈尊を讃嘆申して、現じ給うかと経文にては見たり、今は此の「思惟の当体を、十方仏皆現」とは談ずる也。仏に思惟を持たせ奉れば、思惟与仏(は)各別に聞こゆるなり。其れを思惟をやがて仏と談ずれば、「一思惟の作仏なる時」と被談也。又「一思惟十方思惟」と云えば、一思惟わづかに十方思惟と云えば、広き様に聞こゆ非爾。広狭に拘わるべきに非思惟、一思惟も十方思惟も只同事也。十方仏皆現と云わるる十方の詞に付けて、思惟を仏と談ずれば、十方思惟仏皆現という理(が)出で来たるなり。「一法諸法」(も)又如前云、非浅深多少義。「一法作仏の時は、諸法も作仏なるべき道理」必然なるべき也。

 

釈迦牟尼仏言、明星出現時、我与大地有情、同時成道。しかあれば、発心修行、菩提涅槃は、同時の発心修行菩提涅槃なるべし。仏道の身心は草木瓦礫なり、風雨水火なり。これをめぐらして仏道ならしむる、すなはち発心なり。

虚空を撮得して造塔造仏すべし。谿水を掬啗して造仏造塔すべし。これ発阿耨多羅三藐三菩提なり。

一発菩提心を百千万発するなり。修証もまたかくのごとし。 しかあるに、発心は一発にしてさらに発心せず、修行は無量なり、証果は一証なりとのみきくは、仏法をきくにあらず、仏法をしれるにあらず、仏法にあふにあらず。千億発の発心は、さだめて一発心の発なり。千億人の発心は、一発心の発なり。一発心は千億の発心なり、修証転法もまたかくのごとし。草木等にあらずはいかでか身心あらん、

身心にあらずはいかでか草木あらん、草木にあらずは草木あらざるがゆゑにかくのごとし。坐禅辦道これ発菩提心なり。発心は一異にあらず、坐禅は一異にあらず、再三にあらず、処分にあらず。頭々みなかくのごとく参究すべし。

詮慧

〇「釈迦牟尼仏言、明星出現時、我与大地有情、同時成道」是は已前種々の善を挙げて、発菩提心の義を述べられつる証據に引かる。ゆえに「しかあれば、発心修行菩提涅槃は、同時の発心・修行・菩提・涅槃なるべし」と云えり。吾我に仰せて云う時こそ、発心して修行し、菩提に到りて後、涅槃に入るとは習え。「大地有情、同時成道」の時は、発心を先に置くこと不可叶。発心も涅槃も同時と可心得。

〇「谿水を掬啗して造仏造塔」と云う、水にて世間に作る仏の如く、仏を作り塔を組むべきにはあらず、これは志に谿の水を汲み、仏に施すを造仏造塔と云うなり。

〇「一発菩提心を百千万発する也、修証も如此」と云う、菩提心をば一度起こし、修善は百千万すると、各別して云うにはあらず。修善の員(かず)、発菩提心なるべしとなり。

〇「発心は一発にしてさらに発心せず、修行は無量也、証果は一証也とのみ聞くは、仏法を聞くにあらず」と云うは是如文。所詮、発心も修行も証果も同じければ、員も同じかるべし。かたち変えなるべからず。

〇「坐禅辦道これ発菩提心也。発心は一異にあらず、坐禅は一異にあらず、再三にあらず」と云う、是は坐禅と発菩提心と各別ならぬ所をいう。すべて菩提心坐禅等、かたちにも拘わるまじ、員にも拘わらぬ所を、非ず非ずと挙ぐる也。

経豪

  • 是は発心修行、菩提涅槃を各々に心得て、発心は始めにて、其の後修行し、修行已後、菩提涅槃は顕わるべし、とのみ心得たり。其れを今は発心修行菩提涅槃を各々に不立。発心の所に菩提涅槃も満足し、修行の所に菩提涅槃も円満する也。かるが故に「発心修行菩提涅槃は、同時の発心修行菩提涅槃なるべし」と云う也。又「仏道の身心は草木瓦礫也、風雨水火なり。是れをめぐらして仏道ならしむる、則ち発心なり」とは、此の草木瓦礫・風雨水火等を身心と談之ゆえに、仏道ならしむる則ち発心也とは云うなり。是が是なる所の理が、今は菩提心とは云うべきなり。
  • 今「虚空を撮得し、谿水を掬啗して、造仏造塔す」と云えば、いかなるべきぞと覚えたり。只所詮、虚空の姿則造塔造仏也。谿水の姿則造塔造仏也と云う也。此の道理を以て、「発阿耨多羅三藐三菩提」とは云うべき也。是は「一発」と云えば、狭少に覚ゆる所を、百千万発も一発も多少に拘わるべからざる義なり。一発の所がやがて、百千万発なるべき也と云う也。修証の道理も又如此と云う。又「発心は一発にして発心せず」とは、発心は一にて発心する物もあり、不発心の物もあり。発心の姿一にて、「修行の姿こそ無量なれ、証果又一証也とのみ」、打ち任すは、人の思い見解を如此被出也、是を被嫌也。発心の所に修行証果欠けたる所あるべからず。一発が修行とも証果とも云わるべき也。又「千億発の発心は、定めて一発心の発なり。「千億人の発心は、一発心の発なり。一発心は千億の発心なり、修証転法も又如此」と云うは、如前云。此の発の道理が千億発と云えば多く、一発と云えば狭少に聞こゆる所を、発の理の方より談ずれば、万億の発も一発の発も、千億人の発も一発心の発も、聊か差別なき道理を被釈顕なり。「修証転法」の理も如此なるべきなり。
  • 草木が身心なる道理なる故に、「草木等あらず争か身心あらん」とは云う也。此の道理が又打ち返して「身心にあらずは、争か草木あらん」と云わるる也。又「草木にあらずは、草木あらざるが故に、又如此」とは、草木と心とが、至りて一なる時、又「草木にあらずは、草木あらざるが故に」とは云うなり。迷を大悟すれば諸仏也、さとりに大迷なるは衆生也。さらに悟上得悟の漢、迷中又迷の漢と、結せし程の同じ詞也。
  • 坐禅辦道これ発菩提心也」と云う、尤其謂あり。実(に)争か発菩提心ならざるべき。「一異にあらず」とは、今の発心与坐禅一物也。発心と坐禅との姿、一異にあらずと云う道理もあるべし。又「発心は発心と一異に非ず、坐禅坐禅と一異に非ず」と云う道理に可落居也。

 

草木七宝をあつめて造塔造仏する始終、それ有為にして成道すべからずは、三十七品菩提分法も有為なるべし。三界人天の身心を拈じて修行せん、ともに有為なるべし、究竟地あるべからず。

草木瓦礫と四大五蘊と、おなじくこれ唯心なり、おなじくこれ実相なり。尽十方界、真如仏性、おなじく法住法位なり。

真如仏性のなかに、いかでか草木等あらん。草木等、いかでか真如仏性ならざらん。

諸法は有為にあらず、無為にあらず、実相なり。実相は如是実相なり、如是は而今の身心なり。

この身心をもて発心すべし。水をふみ石をふむをきらふことなかれ。ただ一茎草を拈じて丈六金身を造作し、一微塵を拈じて古仏塔廟を建立する、これ発菩提心なるべし。

見仏なり、聞仏なり。見法なり、聞法なり。作仏なり、行仏なり。

詮慧

〇仏法了見万差事、仏法無多途と説く(是一)・仏法万差也と説く(是二)、相違如何。『宝積経』云、「一念発起菩提心菩提心種得成就」(宝積経不出・『心要鈔』にて「経云、一念発起菩提心(略)、菩提心種成仏道」(「大正蔵」七一・六〇中)。是の経文たしかなれども、三十七品菩提分法をやがて、大乗至極の法ぞと云う時同じき詞なれども、天地懸隔也。破壊と云う詞を微塵になるとは不可心得、仏法の上にて云うべし。

〇初祖菩提達磨大師入梁之始与帝問答事、正法眼蔵六十三、発菩提心云、造仏造塔・読経念仏・尋師訪道・跏趺坐・一体三宝・一称南無仏・八万法蘊・因縁発心也。

「草木七宝をあつめて造塔造仏する始終、それ有為にして成道すべからずは、三十七品菩提分法も有為なるべし」とあり、誠(に)今の談には異なるべし。抑も仏言の一念発起菩提心、勝於造立有千塔の御詞、祖師造寺・写経・度僧は無功徳、人天小果有漏之因と被仰と祖の心同じに似たり。今正法眼蔵御詞甚以相違と聞こゆ。如何不心得所ありや、答、仏祖の語、機に随いて不定なり。造像起塔を有漏の因として有漏の果を期する人の為には、有漏の因果は、影の形に随うが如しと嫌う故、仏は宝塔破壊成微塵と説き、初祖は無功徳誡め給えり。若し菩提の正路に赴く時は、塵々刹々、しかしながら無為真実と覚悟す。故(に)一塵の中大千の経巻有りと云い、一塵の中に無量の諸仏ましますと述べたり。まことにそれ有為無漏を離れて、無為無漏の法なき故なり。この心を以て、仏祖の語を心得るに相違なきなり。

〇「三界人天の身心を拈じて修行せん、ともに有為なるべし」と云う、実(に)三界人天は有為の法也。しかあれども、今同時成道の発心修行と云う上は、三界唯心の道理なるべし。

〇「真如仏性のなかに、いかでか草木等あらん。草木等いかでか真如仏性ならざらん」と云う、此の心地は、清浄本然云何忽生山河大地の問答程の詞也、有無の沙汰に不可及者也。「一茎草を丈六金身の体」と云う事、すでに事旧ぬ。「水をふみ石をふむを嫌う事なかれ」と云う、此の「ふむ」と云うは、ただ水を汲み石を取ると云う程の詞なり、別子細あるべからず。

経豪

  • 実(に)一心なる「草木七宝をあつめて、造塔造仏するを有為」と云うべくば、三十七品菩提分法は、一向小乗なるべし、是又尤も有為なるべし。「三界人天の身心を拈じて修行せん、是又有為也」、如此云わば、「究竟地はあるべからず」と云う也。
  • 草木瓦礫は非情の物、四大五蘊衆生の所具と心得たる見解を嫌いて、「草木瓦礫も四大五蘊も皆唯心なり、実相也、真如仏性同じく法住法位也」と有る也。
  • 真如仏性と談ぜん時は、実(に)皆真如仏性なるべし、草木と云わるべからず、又此の草木真如仏性なり。然者又「争か真如仏性ならざらん」とは云わるる也。
  • 「諸法の上には、有為とも無為とも談ぜん」、更(に)不可違義理なり。然而蹔く、ここには「実相也」と云うなり。法華に十如是を立つるに、如是相とて、其の外に性体力等を立つ。是も皆此の十如是実相なれども、「如是実相」と云いて、又他の詞なし。只同理なれども、今一重実相の外に、余の物もなき道理、猶たくみに解脱に姿さわさわと聞こゆ。但始終勝劣も軽重もありとは不可云也。「如是は而今の身心也」とあり、以今如是、可談身心謂顕然なり。
  • 「以此身心可発心」と云えば、日来の旧見に迷いつべし、今は此身心を指す、身心をやがて発心と談ずる也。全心の上、道心を発などと不可心得。「水をふみ石をふむ」とあれば、何事ぞと、ふと指し出でたるように聞こゆれども、古き詞歟。只所詮「石をふみ、水をふむ」姿、皆発心也と云う心地也。「一茎草を拈じて、丈六の金身を表す」と云う事、古き祖師の詞なり。此の一茎草がやがて、丈六の金身なるべき也、故に発心也。「一微塵の当体則ち古仏の塔廟也」、是を発菩提心と云うべし、一微塵則発心なる故に。
  • 此の一一所挙の道理の行所を、或いは「見仏」とも「聞仏」とも、「見法・聞法・作仏・行仏」とも云わるる也。聞仏と云う詞ぞ、珍しきようなれども、今の理の上には、聞仏と云う詞なかるべきにあらず。詞に拘わらずとは、是等を云うべきを、捨言語と云う事、甚不被心得也。

 

釈迦牟尼仏言、優婆塞優婆夷、善男子善女人、以妻子肉供養三宝、以自身肉供養三宝。諸比丘既受信施、云何不修。しかあればしりぬ、飲食衣服、臥具医薬、僧房田林等を三宝に供養するは、自身および妻子等の身肉皮骨髄を供養したてまつるなり。

すでに三宝の功徳海にいりぬ、すなはち一味なり。すでに一味なるがゆゑに三宝なり。三宝の功徳すでに自身および妻子の皮肉骨髄に現成する、精勤の辦道功夫なり。

いま世尊の性相を挙して、仏道の皮肉骨髄を参取すべきなり。いまこの信施は発心なり。受者比丘、いかでか不修ならん。頭正尾正なるべきなり。

これによりて、一塵たちまちに発すれば一心したがひて発するなり、一心はじめて発すれば一空わづかに発するなり。おほよそ有覚無覚の発心するとき、はじめて一仏性を種得するなり。

四大五蘊をめぐらして誠心に修行すれば得道す、草木牆壁をめぐらして誠心に修行せん、得道すべし。四大五蘊と草木牆壁と同参なるがゆゑなり、同性なるがゆゑなり。同心同命なるがゆゑなり、同身同機なるがゆゑなり。

これによりて、仏祖の会下、おほく拈草木心の辦道あり。これ発菩提心の様子なり。五祖は一時の栽松道者なり、臨済は黄蘗山の栽杉松の功夫あり。洞山には劉氏翁あり、栽松す。かれこれ松栢の操節を拈じて、仏祖の眼睛を抉出するなり。これ弄活眼睛のちから、開明眼睛なることを見成するなり。

造塔造仏等は弄眼睛なり、喫発心なり、使発心なり。造塔等の眼睛をえざるがごときは、仏祖の成道あらざるなり。造仏の眼睛をえてのちに、作仏作祖するなり。

造塔等はつひに塵土に化す、真実の功徳にあらず、無生の修練は堅牢なり、塵埃に染汚せられずといふは仏語にあらず。塔婆もし塵土に化すといはば、無生もまた塵土に化するなり。無生もし塵土に化せずは、塔婆また塵土に化すべからず。遮裡是甚麼処在、説有為説無為なり。

詮慧

〇「釈迦牟尼仏言、云何不修、以妻子肉供養三宝す」と云うに、絹布等の供養是を肉とする也。三宝に供養しぬれば、妻子の肉とも難云。同時成道なるべし、大地有情の外に争か妻子の肉もあるべき、袈裟を云うにも、絹布等の論にあらず。一向称仏衣鉢また木石等の論にあらず、仏鉢也。四姓出家同称釈子と如云。

〇「信施は発心也、受者比丘いかでか不修ならん、頭正尾正なるべき也」と云う、すでに妻子自身皮肉骨髄を、三宝に供養す、是程大きならん。施を受けて、比丘争か不修ならんと云うと心得られぬべし。但今の心地は不可然、発菩提心の不修なる義あるべからず。すでに「受者」というは、菩提心を受くるにてある時に、施する物受くる物、何の有差別乎。この「不」の字は、ただ不会の不なるべきか。「頭正尾正」という故に、劣々不修の事なきを、「云何不修」とはある也。

〇五祖・臨済黄檗・劉氏翁等・松杉柏等の事、如世間思わんには、五祖已下松を栽え、かえ(?)を栽ゆる許りを行道としけるが、坐禅辦道功夫ある人々にてこそ、あるらめと覚えたれども、いま祖師となる上は、栽松等を発心と取るなり。払子拄杖を使うも同じ事なり。我等草木を栽えて、花若しくは草を愛するにてはなし。蹴毱のにかかり(?)を栽えなんどするに、ひとしめて不可心得。

経豪

  • 「以妻子肉供養三宝、以自身肉供養三宝」などと云えば、衆生所具の肉等を以て、供養三宝すべしと、文の面は見えたり。但尽十方界の人の上の自身、並肉等なるべし。乃至優婆塞優婆夷、善男子善女人等も、以尽十方界、善男子とも善女人とも云うべきなり。然者又以此姿、可名三宝也。衆生を別に置きて、供養三宝とは不可心得也。是則甚深微妙の三宝供養の姿なるべし。
  • 分に分明也。此の「飲食衣服、臥具医薬、僧房田林等を三宝に供養す」と云うは如前云。今の自身妻子肉皮骨髄を供養すと云う程の詞なるべし。是も尽十方界真実人体の人の上の、衣服・臥具・医薬・僧房・田林等、妻子肉自身肉を談ずるに、聊かも不可違。今御釈にもすでに、自身及び妻子等の身肉皮骨髄を供養し奉る也とあり分明也。
  • 三宝の功徳海に入りぬ」と云えば、悪しく背きたりつる物を、今は強為して、三宝の功徳に入りたるように聞こゆ、非爾。今は自身並妻子肉・飲食衣服・臥具医薬・僧房田林、乃至身肉皮骨髄等が、やがて三宝なる道理を一味と云うべき也、是こそ真実の一味なるべけれ。無尽の姿を取り集めて、是より彼に入りぬと云わん。更非仏法一味べし、以此理「精勤、辦道功夫」とは云うべき也。
  • 前に云う道理を以て世尊の性相とは可談也。此の「世尊の性相を談じる」理を以て、「仏道の皮肉骨髄をも参取すべし」と云う也。能施の優婆塞・優婆夷、善男子・善女子等と、今の受者・比丘と全非各別体、謂わば能施所施共に発心なるべし。然者不修の時分、聊かも不可有不修、何所に可被置乎。此の道理を「受者・比丘争か不修ならん」とは云う也。すべて不修の理あるべからざる故に、此理を「頭正尾正」とは云う也。
  • 一塵を心と談ずれば、「一塵発すれば一心発する」とは云う也。「一空発す」と云うも、此の空(は)発心なり。此の有覚無覚全非得失、発心の上の有覚、発心の上の無覚也。「一仏性」と云えば、又あまたの中に一を取り出でたりと聞こゆ、只所詮、以今理仏性とも談也と云う心なるべし。
  • 是は四大五蘊は、衆生の所具の調度、草木牆壁等は非情の物とのみ心得、其れを今は四大五蘊も発心也、草木牆壁も発心也。故にいづれも「誠心に修行すれば得道なる」なり。故に「四大五蘊と草木牆壁と同参なるが故なり、同性なるが故に、乃至同身同機なるが故」にと被決なり。
  • 祖師の会下に多く松を栽え、柏を栽えたりし事ありき。詮は此の姿を皆発心と可談なり。凡そ仏祖の威儀、動揺進止、仏法に非ずと云う事なき道理の上は、実(に)今の栽松松柏の節操等、只いたづらなる物と云うべきに、あらざる道理顕然也。今の栽松杉等の姿、是れ仏祖の眼睛なるべき也。
  • 今の「造塔造仏等の姿を以て、弄眼睛」と可取なり。「喫発心、使発心」何事ぞと聞こゆれども、詮は今の発心の無量無辺なる功徳は喫とも、云わるるが都て無相違也。解脱の理なるが故に、滞り礙わる事なき也。実(に)此の「道理を得ざらんときは、仏祖の成道と云う事は不可有」。今の造仏の眼睛くらからん時、作仏作祖とは云わるべき也、尤有謂有謂。
  • 是は先に云いつる心也。如先度「遮裡是甚麼処在、説有為説無為」とは、例常詞也。前に云う道理が如此、遮裡是甚麼処在説有為説無為と云わるる也。有為無為、又不可取捨詞也。

 

経云、菩薩於生死、最初発心時、一向求菩提、堅固不可動。彼一念功徳、深広無涯際、如来分別説、窮劫不能尽。あきらかにしるべし、生死を拈来して発心する、これ一向求菩提なり。

彼一念は一草一木とおなじかるべし、一生一死なるがゆゑに。しかあれども、その功徳の深も無涯際なり、広も無涯際なり。窮劫を言語として如来これを分別すとも、尽期あるべからず。海かれてなほ底のこり、人は死すとも心のこるべきがゆゑに不能尽なり。

彼一念の深広無涯際なるがごとく、一草一木、一石一瓦の深広も無涯際なり。

一草一石もし七尺八尺なれば、彼一念も七尺八尺なり、発心もまた七尺八尺なり。

しかあればすなはち、入於深山、思惟仏道は容易なるべし、造塔造仏は甚難なり。ともに精進無怠より成熟すといへども、心を拈来すると、心に拈来せらるゝと、はるかにことなるべし。   かくのごとくの発菩提心、つもりて仏祖現成するなり。

詮慧

〇「経云、菩薩於生死―窮劫不能尽」、菩薩は生死を一向求菩提と取るなり。これ人は死すとも、心残るべきが故に不能尽也と云う。この死と心と能々可心得也。世間に云う凡夫の死と、心とを云うべきにあらず。死の一時を説き、心の一時を説く時、身心一如なれば、心と説く時は、身と死と云う程の義を取りてかく云う也。更(に)慮知念覚の心、四苦の終わりの死を談ずるにあらざる也。

〇「入於深山、思惟仏道は容易なるべし、造塔造仏は甚難也。ともに精進無怠より成熟すと云えども、心を拈来すると、心に拈来せらるるとは、はるかにことなるべし」

此の容易と甚難とは、世間に如思の易く難きにてなし、善悪勝劣にてなし。樹上道は易し、樹下道は難しと云わん程の難易なるべし。拈来すると、拈来せらるると云えば、はるかに異也とこそ聞こゆれども、如此の菩提心とあけられぬれば、無殊異、只菩提心なるべし、仏祖現成なるべし。

〇「人は死すとも心のこるべきが故に、不能尽也」とある、この生死は経文に菩薩なれば、一念の功徳深広にて不能尽也なる也。如先尼外道見の身は無常也、心は常住也と云うには異なるべし。全生全死と談ずる前に人は死すとも、心はのこるべしと云う不被心得。然而是は三界唯心の心なれば、生死に依るまじき所を云う也。三界唯心は不能尽也、一草一木、一石一瓦も各心也、心なれば深広也。一石も一念も、同じければ、一石もし七尺八尺なれば、彼の一念も七尺八尺なりとある也。

〇「彼一念功徳、深広無涯際、如来分別説、窮劫不能尽」と云う、この一草一木の丈、深広無涯際と聞こゆ。但彼の一念を一草一木に親しく思い合わせば、一草は彼一念、これ深広無涯際、一木又彼一念なり。これ又深広無涯際と云うべし。窮劫を言語として、如来これを分別すと云う尽期あるべからず。仍って不能尽なり、所詮一念一世界同じ。

経豪

  • 是は華厳経(『華厳経』六(「大正蔵」九・四三二下)但原文「深広無辺際、窮劫猶不尽」)の文を被引載歟。今の面の如きは「菩薩於生死、最初発心時、一向求菩提、堅固不可動。彼一念功徳、深広無涯際、如来分別説、窮劫不能尽」と、美しくさわさわと無不審、文の面には見えたり。但如此任文心得るは仏法と難云。旁有其難非仏祖法その故は先(の)能在の菩薩、所在の死生にあるべし(是一)。次「最初発心時」と云えば、始中終に拘わる詞と聞こゆ(是二)。「一向求菩提」と云えば、発心与求人各別に聞こゆ(是三)。「彼一念の功徳」と云えば、最初発心の所を彼一念と指すに似たり(是四)。此の「一念の功徳の深広無涯際なる事を如来説、窮劫不能尽」と云えば、能説所説二ありと聞こゆ(是五)。又此の功徳多くして説とも不尽と云えば、凡見の多少にも類せられぬべし(是六)旁以其難多来也。それを仏祖の方よりは如今御釈、「生死を拈来して、発心するこれ一向求菩提也」と云えば、今の生死を則発心也。是を一向求菩提と談ずれば、重々の難も不来。能在所在もなく、始中終にも拘わらず、発心与人との二もなく初後の詞も解脱せらるる也。委如御釈。
  • 是は経文の「彼一念功徳」の詞の被釈に、「彼一念は一草一木と同じかるべし。一生一死なるが故に」とあり。一草一木すでに発心なり、故に彼一念は一草一木と同じかるべしとは云う也。生死の詞を一生一死と談之、一草一木と、一生と一死と、只同詞同心なるべし。「深」も実に無涯際なるべし。「広」も無涯際なるべし。又「窮劫を言語として如来これを分別すとも尽期あるべからず」と云うは、窮劫則如来の言語なる故に、尽期あるべからず歟。彼一念已に一草一木ならば、分別説又一劫多劫ならざらんや、故に無涯際なり不能尽なるべき歟。
  • 此の詞不得其意。「海かれてなほ底はのこり、人は死して心のこる」などと云えば、凡見にも、まがいぬべき詞かと聞こゆ。是は只不能尽の方の詞に、しばらく合わせんとて、海と底と各別の法と談ぜず。海かれたれども底のこれば、海の不能尽なる理も聞こゆ。人は死すとも心のこれば、人の上の不能尽なる理の方を取らん料りの詞なり。身は死すれども、心は常住にしてのこるなどと云う、見には更に不可心得也。一方の理を合わせん料りに如此詞いでける事常義也。
  • 今の「一草一木、一石一瓦」、実に争か数量多少に拘わるべき無涯際なるべき条勿論の事也。
  • 是は先々の沙汰の如し。此の「七尺八尺」の詞、無縫塔の七尺八尺程の尺なるべし。
  • 此の「容易甚難」の詞、得失にあらず、樹上道は易し、樹下道は難しと云いし程の詞也。「入於深山・思惟仏道・造塔造仏」との姿、差別得失に拘わるべからず、共に懶墮(らんだ)にて成就すべきにあらず。又心を置きて此の「心にて拈来すると、心に拈来せらるると、実(際)はるかに異なるべし」但是も如此云えば、得失の二を立てるように聞こゆ。只此の道理の落居する本意は、心を拈来するも、心に拈来せらるるも、会不会、悟不悟、見不見程の理也。
  • 「つもりて」の詞、少分なる時は、不現成して劫かさなりて後、現成すべきかと被心得ぬべし。今の「つもりて」は、只此の発心のいろいろさまざまなる道理を述ぶる時、「仏祖」とは云わるる也と云う心地を如此被釈也。

発無上心(終)

これは筆者の勉学の為に作成したもので、原文(曹洞宗全書・註解全書)による歴史的かなづかい等は、小拙による改変である事を記す。

正法眼蔵祖師西来意

正法眼蔵第六十二 祖師西来意

香嚴寺襲燈大師〈嗣大潙、諱智閑〉示衆云、如人千尺懸崖上樹、口樹枝、脚不蹈樹、手不攀枝。樹下忽有人問、如何是祖師西來意。當恁麼時、若開口答佗、即喪身失命、若不答佗、又違佗所問。當恁麼時、且道、作麼生即得。時有虎頭照上座、出衆云、上樹時即不問、未上樹時、請和尚道、如何。師乃呵々大笑。

而今の因縁、おほく商量拈古あれど、道得箇まれなり。おそらくはすべて茫然なるがごとし。しかありといへども、不思量を拈來し、非思量を拈來して思量せんに、おのづから香嚴老と一蒲團の功夫あらん。すでに香嚴老と一蒲團上に兀坐せば、さらに香嚴未開口已前にこの因縁を參詳すべし。香嚴老の眼睛をぬすみて覰見するのみにあらず、釋迦牟尼佛の正法眼藏を拈出して覰破すべし。

この古則の出典は『真字正法眼蔵』・上・四十四則だと思われますが、その底本は『宗門統要集』とされます。『景徳伝灯録』・『宗門統要集』・『真字正法眼蔵』等と『祖師西来意』巻には各所に多少の異同があります。例えば『祖師西来意』巻では「虎頭照上座」としますが、『真字正法眼蔵』では「虎頭上座」とし、『宗門統要集』も「虎頭上座」としますが、『景徳伝灯録』では「招上座」とします。読み方は、

人、千尺の懸崖で樹に上るが如く、口に樹の枝を銜(くわ)え、脚は樹を踏まず、手には枝を攀(よ)じらず。樹下に忽ち人有りて問う、如何是祖師西来意。当(まさ)に恁麼(その)時、若し口を開けて他に答えば、即ち喪身失命、若し他に答えざれば、又他の所問に違う。当に恁麼時、且らく道(い)うべし、作麼生(そもさん)即得(どうする)時に僧有って、衆より出でて云く、樹に上る時は即ち問わず、未上樹時、和尚の道を請う、如何。師(香厳智閑)乃ち呵呵大笑す。

而今の因縁、おほく商量拈古あれど、道得箇まれなり。おそらくはすべて茫然なるがごとし」

而今の因縁」とは上樹話を云うが、『宗門統要集』に於いては「雪竇」・「翠厳」両員商量拈古され、他にも「汾陽昭」・「保寧勇」・「智海逸」・「天童覚」・「竹庵珪」等幾多の学人の参究を示唆するものだと思われます。しかし右に挙げた和尚の拈古は的を得ず、皆香厳の話頭に茫然のようだと手厳しい語調です。

「しかありといへども、不思量をを拈来し、非思量を拈来して思量せんに、おのづから香厳老と一蒲団も功夫あらん」

「不思量・非思量」は坐禅の姿を言語表現したものですから、そこで香厳襲燈(智閑)老僧と共に「蒲団の功夫坐禅を参究してみようとの事です。因みに『坐禅箴』巻での提唱話の薬山弘道大師(惟儼)(745―828)は青原―石頭―薬山―雲厳―洞山と続く曹洞宗系であり、今回の香厳襲燈大師(―898)は南嶽―馬祖―百丈―潙山―香厳と続く臨済系脈でありますが、何ら宗派的差異は認めずの提唱です。

「すでに香厳老と一蒲団上に兀坐せば、さらに香厳未開口已前にこの因縁を参詳すべし」

香厳老僧と共に兀坐(坐禅)をしたならば、さらに上樹話頭が語られる以前の功厳の境涯を詳細に参学せよとの言です。

「香厳老の眼睛をぬすみて覰見するのみにあらず、釈迦牟尼仏正法眼蔵を拈出して覰破すべし」

ここでは香厳と釈尊、さらには我々の真実人体なる同等理をこのように説くわけです。つまりは坐禅のありようを参究する事を「覰見」・「覰破」と言うものです。

 

如人千尺懸崖上樹。

この道、しづかに參究すべし。なにをか人といふ。露柱にあらずは、木橛といふべからず。佛面祖面の破顔なりとも、自己佗己の相見あやまらざるべし。いま人上樹のところは盡大地にあらず、百尺竿頭にあらず、これ千尺懸崖なり。たとひ脱落去すとも、千尺懸崖裡なり。落時あり、上時あり。如人千尺懸崖裏上樹といふ、しるべし、上時ありといふこと。しかあれば、向上也千尺なり、向下也千尺なり。左頭也千尺なり、右頭也千尺なり。這裏也千尺なり、那裏也千尺なり。如人也千尺なり、上樹也千尺なり。向來の千尺は恁麼なるべし。

これから上樹話の拈提です。

この道「如人千尺懸崖上樹」についての参究するのですが、まづ「人」とはの問いを掲げ、

「露柱にあらずは、木橛といふべからず」

露柱とはむき出しの柱の事で、木橛(木のくい)とは言わないと云い、

「仏面祖面の破顔なりとも、自己他己の相見あやまらざるべし」

仏祖と親しく(破顔)なっても、自他という認識を誤ってはならない。(相対的自他ではなく、自己に内包される他己)

「いま人上樹のところは、尽大地にあらず、百尺竿頭にあらず、これ千尺懸崖なり」

「人」についての考察ですから「人が樹に上る処」というのは尽大地・百尺竿頭いづれでもなく、「人上樹」の処は「千尺懸崖」と説かれますが、千尺懸崖に内包される「尽大地百尺竿頭」の意です。

「たとひ脱落去すとも、千尺懸崖裡なり。落時あり、上時あり。如人千尺懸崖裏上樹といふ、しるべし、上時ありといふこと」

脱落しようがしまいが千尺の懸崖は千尺の懸崖で、落ちる時上る時はその時々の状況で決まり、今の場合は如人千尺懸崖の内での上時という状況だと云う事です。

「しかあれば、向上也千尺なり、向下也千尺なり。左頭也千尺なり、右頭也千尺なり。這裏也千尺なり、那裏也千尺なり、如人也千尺なり、上樹也千尺なり。向来の千尺は恁麼なり」

千尺を具体的に云うなら、「向上」・「向下」・「左」・「右」・「這」・「那」・「如人」・「上樹」と拘泥する事なきを「千尺」の語句で以て表すのですが、最初に言われる「なにをか人といふ」提唱ですから、「如人也千尺」と云うように人と千尺は別物ではない事を説くものです。もちろん「千尺」は長さの単位ではありません。

 

且問すらくは、千尺量多少。いはく、如古鏡量なり、如火炉量なり、如無縫塔量なり。

「且問すらくは」とは、自問自答の形式での問答で、「千尺」の量とは無辺際を云う為に、『古鏡』巻で雪峰が説く「古鏡」を、又同じく玄沙が云う「火炉」、さらに『授記』巻にて雪峰が云う「無逢塔」それぞれの語彙で以て「千尺量」を拈語します。

 

樹枝。

いかにあらんかこれ口。たとひ口の全闊全口をしらずといふとも、しばらく樹枝より尋枝摘葉しもてゆきて、口の所在しるべし。しばらく樹枝を把拈して口をつくれるあり。このゆゑに全口是枝なり、全枝是口なり。通身口なり、通口是身なり。樹自踏樹、ゆゑに脚不踏樹といふ。脚自踏脚のごとし。枝自攀枝、ゆゑに手不攀枝といふ、手自攀手のごとし。しかあれども、脚跟なほ進歩退歩あり、手頭なほ作拳開拳あり。自佗の人家しばらくおもふ、掛虚空なりと。しかあれども、掛虚空それ樹枝にしかんや。

次に「口」に関する拈提です。

「いかにあらんかこれ口。たとひ口の全闊全口をしらずといふとも、しばらく樹枝より尋枝摘葉しもてゆきて、口の所在をしるべし」

口自体を知らなくても、樹枝の方より枝を尋ね葉を摘んでいけば、自然に「口」に辿り着くとの言です。

「しばらく樹枝を把拈して口をつくれるあり、このゆゑに全口是枝なり、全枝是口なり。通身口なり、通口是身なり」

普通は樹と口は別物と考えますが、仏法的見方からすると樹枝が口を把拈(つかまえる)していると見る事も何ら不具合はなく、「全口是枝」・「全枝是口」・「通身口」・「通口是身」と無尽語法に云う事もできる。

「樹自踏樹、ゆゑに脚不踏樹といふ。脚自踏脚のごとし」

先に「全口是枝」と口と枝との一体性を説いたので、ここでは樹が自ら樹を踏むから、脚は樹を踏まず、さらに脚は自ら脚を踏むと、「樹」と「脚」との独立性を説きます。

「枝自攀枝、ゆゑに手不攀枝といふ、手自攀手のごとし」

次に枝と手との関係で、枝は幹に付属するものという範疇ではなく、それぞれは連続体の一部ですから、「枝自攀枝」枝の自ずから枝を攀(よ)づ、という思考になり「手不攀枝」手が枝をよじ登るのではなく、「手自攀手」手自体が手を攀じるという多少煩雑な語響がありますが、説かんとする主旨は「全機現」的方法論法だと思われます。

「しかあれども、脚跟なほ進歩退歩あり、手頭なほ作拳開拳あり。自他の人家しばらくおもふ、掛虚空なりと。しかあれども、掛虚空それ㘅樹枝にしかんや」

「脚跟」の跟とは踊り上がる・よろめくの意で、そこで「進歩退歩あり」と色々な様相がある事を云い、さらに「手頭なほ作拳開拳あり」と手は拳(こぶし)を作る事も開く事もできると、「脚手」の自由な働きを示すものです。

「自他の人家」とは自分・他人を区別する人を云うもので、一般人(凡人)を示唆し、そういう人達は「口㘅樹枝」の姿を「掛虚空」つまり上樹人は宙にぶら下がっていると思うと。

しかあれども(そうではあるが)掛虚空と㘅樹枝とは「しかんや」しかず、との拈提ですが、「掛虚空」の語句は『魔訶般若波羅蜜』巻に引かれる如浄風鈴頌を改変したものです。

 

樹下忽有人問、如何是祖師西來意。

この樹下忽有人は、樹裏有人といふがごとし、人樹ならんがごとし。人下忽有人問、すなはちこれなり。しかあれば、樹問樹なり、人問人なり、擧樹擧問なり、擧西來意問西來意なり。問著人また口樹枝して問來するなり。口枝にあらざれば、問著することあたはず。滿口の音聲なし、滿言の口あらず。西來意を問著するときは、西來意にて問著するなり。

これまでの拈提の如くに人と樹との一体性を

「この樹下忽有人は、樹裏有人というが如し、人樹ならんが如し。人下忽有人問」と言われます。

「しかあれば、樹問樹なり、人問人なり、挙樹挙問なり、挙西来意なり。問著人また口㘅樹枝して問来するなり」

このように人と樹は別物ではなく同時存同時在ですから、樹が樹に問じても人が人に問じても何ら不具合はなく、また樹をとりあげて(挙)問を挙し、西来意を取り上げて(挙)西来意を挙するなり。問著人(質問者)も口に樹の枝を㘅んで問い来るなりと云う事も想定される。

「口㘅枝にあらざれば、問著することあたはず。満口の音声なし、満言の口あらず。西来意を問著するときは、㘅西来意にて問著するなり」

口に枝を㘅(くわ)えていなかったら、問著(質問)することはない。「満口の音声なし」その時は口には音声はなく、また云い換えて「満言の口あらず」とし、最後に「西来意を問著する時は、㘅西来意にて問著するなり」と、西来意を言語論的に捉えるのではなく、「㘅西来意」と実践し続ける事が「西来意」との道元禅師の拈提です。

 

若開口答佗、即喪身失命。

いま若開口答佗の道、したしくすべし。不開口答佗もあるべしときこゆ。もししかあらんときは、不喪身失命なるべし。たとひ開口不開口ありとも、口樹枝をさまたぐべからず。開閉かならずしも全口にあらず、口に開閉もあるなり。しかあれば、枝は全口の家常なり。開閉口をさまたぐべからず。

ここでは「若開」おし開くならばと仮定形の裏面には「不開」もあるはずだとの如常の論考を「したしくすべし」と言われます。

「もししかあらん時は、不喪身失命なるべし」

口を開けずに他に答える事ができた時は、命を失うことはない。

「たとひ開口不開口ありとも、口㘅樹枝をさまたぐべからず。開閉かならずしも全口にあらず、口に開閉もあるなり」

口を開いていようが閉じていようが、口が枝を㘅んでいる状態には何ら違(たが)う所はありません。「開閉全口にあらず」とは「口」のある時点での身体状態を云い、「口」自体に開閉があると説きます。

「しかあれば、㘅枝は全口の家常なり、開閉口をさまたぐべからず」

しかあれば(そうですから)、枝を㘅むことは全口(尽十方界全口・枝と口の一体性)の家常(日常底)であり、開とも閉とも云う事が出来ることを『御抄』では「全口の上の功徳荘厳」と解されます。

開口答他といふは、開樹枝答他するをいふか、開西来意答他するをいふか。もし開西来意答他にあらずは、答西来意にあらず。すでに答他あらず、これ全身保命なり。喪身失命といふべからず。さきより喪身失命せば答他あるべからず。

ここは文章の如意に任せますが、「開口答他」・「開樹枝答他」・「開西来意答他」は同義語と設定することは理解できるが、「全身保命」と「喪身失命」との対比説明には釈然としない気がする文章である。

 

しかあれども、香厳のこころ答他を辞せず、ただおそらくは喪身失命のみなり。しるべし、未答他時、護身保命なり、忽答他時、翻身活命なり。

道元禅師が読み解く香厳の気持ちは、僧の問いに答えてやりたいと解しますが、「若開口」すれば「喪身失命」すること必然の理ですが、拈提では「喪身失命」は現象的一次元思案であり、仏法的解会からは「翻身活命」との事であり、この処が『祖師西来意』巻での言わんとする箇所だと思われます。

 

はかりしりぬ、人々満口是道なり、答他すべし、答自すべし。問他すべし、問自すべし。これ口㘅道なり、口㘅道を口㘅枝といふなり。

「人々」とは上樹の人と樹下の人を指し、その人々の「口」と「樹枝」との無差別意を「満口是道」と云い、互いに一体ですから問答自他相互に融通する処を「答他・答自・問他・問自」と表現されます。これを「口㘅」と道い「口㘅枝」とも云われますが、この「口で㘅んでいる」ことが坐禅を象徴した比喩語である事は云うまでもありません。

 

若答他時、口上更開壱隻口なり。若不答他、違他所問なりといへども、不違自所問なり。

若し他に答うる時とは、「口㘅樹枝」の状態での事情ですから、「口の上に更に一つの口を開くなり」となり、不答の時には他の所問に違うと、自らの所問に違わず、とありますが異語同義的関係で、「他と自」・「違他所問」は同義心的云い用です。

 

しかあればしるべし、答西来意する一切の仏祖は、みな上樹口㘅樹枝の時節にあひあたりて答来するなり。問西来意する一切の仏祖は、みな上樹口㘅樹枝の時節にあひあたりて答来せるなり。

ここで香厳上樹話に対する結論部です。

提唱拈提の分量は多くなく簡潔ですが、酒井得元老師眼蔵会講義の中でも述べられている通り非常に難解な拈提でしたが、結語の要旨は問答西来意する仏祖は皆ともども上樹口㘅樹枝の状態であると。つまりは西来意は問う答う事ではなく、樹に上り樹枝を口で㘅むこと、実践行持する事だとの道元禅師の提唱です。

 

雪竇明覚禅師重顕和尚云、樹上道即易、樹下道即難。老僧上樹也、致将一問来。いま致将一問来は、たとひ尽力来すとも、この問きたることおそくして、うらむらくは答よりものちに問来せることを。

雪竇重顕(980―1052)大師号を明覚といい雲門宗門に列(つら)なる人物で、雲門文偃(864―949)―香林澄遠―智門光祚―雪竇重顕―天衣義懐―法雲法秀と法脈が伝わります。

『明覚録』三 又は『宗門統要集』五には雪竇云として記述され、いま一人翠厳芝云と拈語があります。

ここで云う樹上は容易で樹下は難しの意は、樹上では全身保命・樹下では喪身失命の状態を云うもので、「致将一問来」と云った雪竇を揶揄する言葉「この問来たること遅くして、恨むらくは答よりも後に問来せる」と重顕を批評します。

 

あまねく古今の老古錐にとふ、香厳呵呵大笑する、これ樹上道なりや、樹下道なりや。答西来意、不答西来意なりや。試道看。

すでに道元禅師の結論は前々段もしくは「香厳のこころ答他を辞せず云々」に表明されていますが、最後に「古今の老古錐」に対し香厳の「呵呵大笑」の真意を問う文体で提唱を終わらせます。

因みに香厳の「呵呵大笑」の真意は、虎頭照上座に対し「問いをはぐらかし、それで分かったつもりか」との批判的大笑とも、また「ことさらに難かしげに捻りを加えた問題の立て方そのものを軽く払い去り、毒気を抜かれた」苦笑とも、いかようとも捉えられます。

また蘇轍(1039―1112)は『欒城第三集』九「書伝灯録後」に於いて、香厳上樹話を論評して「我れ若し此の時に当たれば、すなわち大いに口を開き、他に西来意を答えん。喪身失命を管せず、別に道理有るを管せんや」と拈語されます。(『景徳伝灯録四』監修・入矢義高 編・景徳伝灯録研究会)

 

 

正法眼蔵第六十二「祖師西來意」を読み解く

正法眼蔵第六十二「祖師西來意」を読み解く

 

 香嚴寺襲燈大師〈嗣大潙、諱智閑〉示衆云、如人千尺懸崖上樹、口㘅樹枝、脚不蹈樹、手不攀枝。樹下忽有人問、如何是祖師西來意。當恁麼時、若開口答佗、即喪身失命、若不答佗、又違佗所問。當恁麼時、且道、作麼生即得。時有虎頭照上座、出衆云、上樹時即不問、未上樹時、請和尚道、如何。師乃呵々大笑。

 而今の因縁、おほく商量拈古あれど、道得箇まれなり。おそらくはすべて茫然なるがごとし。しかありといへども、不思量を拈來し、非思量を拈來して思量せんに、おのづから香嚴老と一蒲團の功夫あらん。すでに香嚴老と一蒲團上に兀坐せば、さらに香嚴未開口已前にこの因縁を參詳すべし。香嚴老の眼睛をぬすみて覰見するのみにあらず、釋迦牟尼佛の正法眼藏を拈出して覰破すべし。

 如人千尺懸崖上樹。

 この道、しづかに參究すべし。なにをか人といふ。露柱にあらずは、木橛といふべからず。佛面祖面の破顔なりとも、自己佗己の相見あやまらざるべし。いま人上樹のところは盡大地にあらず、百尺竿頭にあらず、これ千尺懸崖なり。たとひ脱落去すとも、千尺懸崖裡なり。落時あり、上時あり。如人千尺懸崖裏上樹といふ、しるべし、上時ありといふこと。しかあれば、向上也千尺なり、向下也千尺なり。左頭也千尺なり、右頭也千尺なり。這裏也千尺なり、那裏也千尺なり。如人也千尺なり、上樹也千尺なり。向來の千尺は恁麼なるべし。且問すらくは、千尺量多少。いはく、如古鏡量なり、如火爐量なり、如無縫塔量なり。

 口㘅樹枝。

 いかにあらんかこれ口。たとひ口の全闊全口をしらずといふとも、しばらく樹枝より尋枝摘葉しもてゆきて、口の所在しるべし。しばらく樹枝を把拈して口をつくれるあり。このゆゑに全口是枝なり、全枝是口なり。通身口なり、通口是身なり。樹自踏樹、ゆゑに脚不踏樹といふ。脚自踏脚のごとし。枝自攀枝、ゆゑに手不攀枝といふ、手自攀手のごとし。しかあれども、脚跟なほ進歩退歩あり、手頭なほ作拳開拳あり。自佗の人家しばらくおもふ、掛虚空なりと。しかあれども、掛虚空それ㘅樹枝にしかんや。

 樹下忽有人問、如何是祖師西來意。

 この樹下忽有人は、樹裏有人といふがごとし、人樹ならんがごとし。人下忽有人問、すなはちこれなり。しかあれば、樹問樹なり、人問人なり、擧樹擧問なり、擧西來意問西來意なり。問著人また口㘅樹枝して問來するなり。口㘅枝にあらざれば、問著することあたはず。滿口の音聲なし、滿言の口あらず。西來意を問著するときは、㘅西來意にて問著するなり。

 若開口答佗、即喪身失命。

 いま若開口答佗の道、したしくすべし。不開口答佗もあるべしときこゆ。もししかあらんときは、不喪身失命なるべし。たとひ開口不開口ありとも、口㘅樹枝をさまたぐべからず。開閉かならずしも全口にあらず、口に開閉もあるなり。しかあれば、㘅枝は全口の家常なり。開閉口をさまたぐべからず。開口答佗といふは、開樹枝答佗するをいふか、開西來意答佗するをいふか。もし開西來意答佗にあらずは、答西來意にあらず。すでに答佗あらず、これ全身保命なり。喪身失命といふべからず。さきより喪身失命せば答佗あるべからず。しかあれども、香嚴のこゝろ答佗を辭せず、たゞおそらくは喪身失命のみなり。しるべし、未答佗時、護身保命なり。忽答佗時、飜身活命なり。はかりしりぬ、人人滿口是道なり。答佗すべし、答自すべし。問佗すべし、問自すべし。これ口㘅道なり。口㘅道を口㘅枝といふなり。若答佗時、口上更開壱隻口なり。若不答佗、違佗所問なりといへども、不違自所問なり。

 しかあればしるべし、答西來意する一切の佛祖は、みな上樹口㘅樹枝の時節にあひあたりて答來するなり。問西來意する一切の佛祖は、みな上樹口㘅樹枝の時節にあひあたりて答來せるなり。

 雪竇明覺禪師重顯和尚云、樹上道即易、樹下道即難。老僧上樹也、致將一問來。

 いま致將一問來は、たとひ盡力來すとも、この問きたることおそくして、うらむらくは答よりものちに問來せることを。

 あまねく古今の老古錐にとふ、香嚴呵々大笑する、これ樹上道なりや、樹下道なりや。答西來意なりや、不答西來意なりや。試道看。

 

 正法眼藏西來意第六十二

 

  爾時寛元二年甲辰二月四日在越宇深山裏示衆

  弘安二年己卯六月廾二日在吉祥山永平寺書冩之

 

正法眼蔵を読み解く祖師西来意」(二谷正信著)

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/soshiseirai

 

詮慧・経豪による註解書については

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2020/03/02/000000

 

禅研究に関しては、月間アーカイブをご覧ください

https://karnacitta.hatenablog.jp/

 

「深山裏」は吉峰?

道元白山信仰ならびに吉峰・波著・禅師峰の関係について「中世古 祥道

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2022/08/01/145341

 

道元永平寺―『福井県史』通史編2中世より抜書(一部改変)

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2021/08/14/173407

 

 

 

 

正法眼蔵 第六十二 祖師西来意(聞書・抄)

詮慧・経豪 正法眼蔵 第六十二 祖師西来意(聞書・抄)

香厳寺襲燈大師〈嗣大潙、諱智閑〉示衆云、如人千尺懸崖上樹、口㘅樹枝、脚不踏樹、手不攀枝。樹下忽有人問、如何是祖師西来意。当恁麼時、若開口答佗、即喪身失命、若不答佗、又違佗所問。当恁麼時、且道、作麼生即得。時有虎頭照上座、出衆云、上樹時即不問、未上樹時、請和尚道、如何。師乃呵々大笑。而今の因縁、おほく商量拈古あれど、道得箇まれなり。おそらくはすべて茫然なるがごとし。しかありといへども、不思量を拈来し、非思量を拈来して思量せんに、おのづから香厳老と一蒲団の功夫あらん。すでに香厳老と一蒲団上に兀坐せば、さらに香厳未開口已前にこの因縁を参詳すべし。香厳老の眼睛をぬすみて覰見するのみにあらず、釈迦牟尼仏正法眼蔵を拈出して覰破すべし。

詮慧

〇香厳寺襲燈大師段。「喪身失命は全保命也、違他所問」と云うは、我問にも違すべし。

〇虎頭照上座段。世間吾我の身心、手足樹枝上下等を以て云わば、万劫にも不可当。

〇吾我の身心、世間樹枝上下人口なんどに、思いあつるに、凡そ此のことわり云い難き事を、祖師仏法仰せて、仰せられ出だしたる様に覚ゆる故に、もてあそぶ。あながちに此の詞が、すぐるべきにあらず。如何是古仏心と云うに、牆壁瓦礫、山河大地、日月星辰、椅子払子とも云う。この丈々同じ事なるべし。三界唯心、諸法実相の道理なるべし。「人」と云うは、本来人、無位真人の人は、尽十方界真実人と可心得。

〇庭前柏樹子の答えは、今の問いに符合する事ありや、仏法には「足に不踏樹」、「手に不挙樹事」なかるべきにあらず。

反飜世界の人あり。此界に地を走る人を見ては、足を空にして、逆さまに走るとも、疑うらん。又世間の理に、樹に不上とも、不答え人多かるべし。

何れの詞も総て世間の如く心得るには、当たらざるべし。達磨西来、不立文字、直指人心、見性成仏の詞を聞き得たるとては、文字を不可用。言語には表わすべからずとのみ思う、甚無謂。文字とは何を心得るぞや、人身とは何なるべきぞ。只おのれが慮知念覚に仰せて、世間の法に心得る、少しも当たるべからず。無念寂静なると云うは、只おのが心の亡くして、何とも思われぬ所を取るか、仏法にあらざるべし。今いう如人千尺懸崖の人も、四大五蘊の積聚の人にあらず、尽十方界真実人体の人なるべし。

〇安心立命、喪身失命、為法捨身、為身捨身、為法捨法と云う事もあり。

〇就権乗身の事を云うには、観身不浄なる故に非可取。後生の善身を憑んで、身を捨つると云う事あり。仏法に入りて身を習うには、尽十方界真実人体という。心を習うには三界唯一心という、捨身を顧りみるは法外に物なし。

〇開眼て見鏡れば、鏡かえりて成鏡と云う事もあるべし。雖不絲口、掛虚空不落地道理もあるべし。足下無絲去こそ、祖師の足下なれ。三界唯一心の道理、足下無絲去なるべし。

〇「口にふくむ」と云うは、仏の応化とも心得る方もあるべし。まことに手にも攀せず、足にも不踏して、ただ口に樹の枝を㘅みたらんものの、人の答えを云わんとて、口を開くに喪身失命疑いなかるべし。さればとて人の答えをせざらん、又本意なかるべし、両方無煩詞。凡心にて量り難きを、仏法には世間の商量(と)異なるべし。不思量を拈来し、非思量を拈来して思量せんに、おのづから香厳老と一蒲団の功夫あらんと云う。故に上樹の時、枝を不踏・不攀・不㘅して上りけるが、是も可対事也。又西来意を問樹下の人の様も不審なり。

〇「香厳未開口已前にこの因縁を参詳すべし」と云う、為法捨法をと云う道理なるべし。香厳・眼睛・釈迦牟尼仏並びに正法眼蔵を拈出して覰破すべしと。千尺懸崖の問いあらば、やがて答えも如人千尺懸崖なるべし。又照上座問いぞ答えなるべき、千尺懸崖という所詮、平等の義也。たとえば古木裏還有龍吟也無と問うに、師の我道髑髏裡有獅子吼と云いし程の事なり。

経豪

  • 是は上樹話とて唐土より以外、人のもてあそぶ公按也。所詮心得にくく、何とあるべしとも不覚、手本に致す也。進退谷煩しき事に、思い習わしたる也。

祖師達磨大師西天より東土へ来降し給いて、彼の正体は始めて震旦に弘まる。其れ已前は仏法ありと云えども、正しき仏々祖々正伝の、直指単伝の法名字(は)普通せざりき、是を先(の)「祖師西来意」とは云うなるべし。

抑倩(そもそも・つらつら)、今の道理を案ずるに、只衆生の旧見と云う物を不離、故に祖師の詞には迷う也。仏法の方より心得れば、此の公按努々(ゆめゆめ)煩いしかるべからず。我等の一切の事、以旧見為本、仏祖は不交旧見。法体の方より被示、凡夫に引き合わせて心得んとするより、総て不普合也、難治事也。此の理を心得て談ぜば、更に不可違仏法也。就中(なかんずく)祖門は直指単伝と云い、争か凡見を交えて可談仏法乎。且つ教えを下すと云うも此の事也。仏法には教も禅も不可有差別、只見解の替わり目許り也。さればこそ、三十七品菩提分法も、皆祖師の仏法には談ずれ。教の所談(に)教の詞を不用ば、争か小乗権門の三十七品を祖師の心とは可談、能々可了見也。抑も今「如人千尺懸崖」と云わるる如人は、何様なるべきぞ。仏法には談人時は、尽十方界真実人体と談之。

「千尺」とは又何程なるべきぞ。寸尺長短等に拘わるべからず。世界闊一丈などと云いし程の丈尺也。「懸崖」と云うも、樹と談ずるも口も枝も乃至上樹の詞も、樹下の詞も、一一祖師道の方より心得るは、更不可有其煩。此の一一の道理が、皆祖師西来意の道理に非ずと云う事なき也。「如人」の人も、祖師西来意の人也。乃至「千尺懸崖上樹、樹枝脚手」等、悉く今は祖師西来意の心也。如此なればこそ、正法眼蔵涅槃妙心とも云わるれ。「千尺懸崖に人の上樹する」などと云えば、猶世間の情にも心得ぬべし。懸崖か人の上に樹とも、樹枝が人の上とも、又脚上に手に上すとも一一に入れ違えて云わん。其意不可違也。其の故は人も尽十方界、懸崖も尽法界、口も脚も手も、乃至樹枝樹上口等、皆悉可尽法界故に、一物としても拘わるべき物なし。故に如此無尽に談ずるに無煩なり。解脱の理と云うは、即此通理なり、是則西来意の姿なるべし、文々句々奥に被釈なり。

又此の公按「道得箇まれなり」とは、心得たる人なき事を云う也。「不思量を拈来し、非思量を拈来して思量せんに、おのづから香厳老と一蒲団の功夫あらん」とは、思量不思量の事、『坐禅箴』のとき委沙汰ありき。其の時も坐禅の上に、思量不思量を談ぜしように、此の西来意の道理を以て、今の理を心得るは、智閑禅師と同じからんと云う也。又香厳老と同じくは「香厳未開口以前に、この因縁を参詳すべし」とは、香厳と等しく見解成すなば、香厳たとい此理を述べずと云うも、此理は表れぬべしと云う也。「香厳老の眼睛を盗みて、覰見するのみにあらず、釈迦牟尼仏正法眼蔵を拈出して覰破すべし」とは、香厳与釈尊非別体上は香厳の眼睛を拈出して、覰見する道理にてあるべしとなり。

 

如人千尺懸崖上樹。この道、しづかに参究すべし。なにをか人といふ。露柱にあらずは、木橛といふべからず。仏面祖面の破顔なりとも、自己佗己の相見あやまらざるべし。いま人上樹のところは尽大地にあらず、百尺竿頭にあらず、これ千尺懸崖なり。たとひ脱落去すとも、千尺懸崖裡なり。落時あり、上時あり。如人千尺懸崖裏上樹といふ、しるべし、上時ありといふこと。

しかあれば、向上也千尺なり、向下也千尺なり。左頭也千尺なり、右頭也千尺なり。這裏也千尺なり、那裏也千尺なり。如人也千尺なり、上樹也千尺なり。向来の千尺は恁麼なるべし。

詮慧

〇「なにをか人という」と云うは、すでに吾我のわれらを、人というにあらぬ事あきらか也。

〇又已前に挙ぐる所の香厳の詞、一一に釈するに非二非三道理顕然なり。「人上樹のところは尽大地にあらず、百尺竿頭にあらず、これ千尺懸崖なり」と云う。

〇「自己他己の相見あやまらざる」と云うは、樹ぞ上下ぞ、㘅ぞ攀ぞなどと云う事、各々におきて思う事なかるべしとなり。能所各別なかるべし。

経豪

  • 「如人千尺懸崖上樹」とら云う事、能々可参究と云う也。「露柱にあらずは、木橛と云うべからず」とは、「露柱」とは柱が顕わに物に拘わらぬ心地なり。「木橛」と云うも木の立ちたる心歟。「露柱にあらず」とは、露柱と木橛と一物也。「人にあらず」は、人と云うべからずと云う道理に可落居なり。「仏面祖面の破顔也とも、自己他己の相見あやまらざるべし」とは、たとえば仏面祖面と破顔とも自己他己とも云え、是皆千尺の懸崖なるべしと云う也。「いま人上樹の所は、尽大地にあらず、百尺竿頭にあらず、これ千尺懸崖也」とは、いま人の上樹する千尺懸崖は、さる崖の千尺ある険しき上に樹のあるなどと云えば、尽大地よりも狭く、小さきように覚ゆ、是旧見の所致也。いまの千尺懸崖と、尽大地と全く広狭多少に拘わるべからず、又高下浅深勝劣あるべからず。人上樹の所は人上樹なるべし、などか尽大地にも、百尺竿頭にもあらざらん。此の詞多用たる詞なれども、本の詞を改めず、暫く云わん料りに上樹の所を為本、尽大地・百尺竿頭にあらずとは云わるる也。尽大地・百尺竿頭の道理に、始終可背には非ず暫くの事也。上樹の所やがて尽大地なるべし、百尺竿頭なるべし。「たとい脱落去すとも、千尺懸崖裏なり。落時あり、上時あり」とは、脱落去の上には千尺懸崖と云えば、猶不足にて、此上に遥かに大いに無量無辺とも云わんずるように心得られぬべし。然而不可有義ただ脱落去すとも、千尺懸崖也と云うなり。脱落去の上の、千尺懸崖裏也と云うなり。脱落去の上の千尺懸崖総て拘わる所あるべからず。又「落時」と云う詞は、本になし、然而上時の上の落時尤可有也。
  • 是は向上向下、左頭右頭遮裏那裏、如人上樹悉是千尺にあらざる物なしと云う也。人と千尺と別物とこそ覚えつれ。今は知りぬ「如人也千尺也」という人与千尺一物なる事を前に云いつる千尺の詞は如此也と被釈なり。

 

且問すらくは、千尺量多少。いはく、如古鏡量なり、如火爐量なり、如無縫塔量なり。

経豪

  • 今の「千尺と云わるる量」は、いか程なるぞと言わば、前の草子共に沙汰ありし。古鏡のひろさ一尺、火爐闊一丈、或いは無縫塔多少などと云いし程の量也と云うなり。此の心地は又所詮丈尺等の量に拘わらず、以尽地尽界千尺とも一尺とも、一丈とも一寸‘とも可仕也。如此無辺際(の)道理を量は幾そばくとは云う也、無辺際の故に。

 

口㘅樹枝。いかにあらんかこれ口。たとひ口の全闊全口をしらずといふとも、しばらく樹枝より尋枝摘葉しもてゆきて、口の所在しるべし。しばらく樹枝を把拈して口をつくれるあり。このゆゑに全口是枝なり、全枝是口なり。通身口なり、通口是身なり。樹自踏樹、ゆゑに脚不踏樹といふ。脚自踏脚のごとし。枝自攀枝、ゆゑに手不攀枝といふ、手自攀手のごとし。しかあれども、脚跟なほ進歩退歩あり、手頭なほ作拳開拳あり。

自佗の人家しばらくおもふ、掛虚空なりと。しかあれども、掛虚空それ㘅樹枝にしかんや。

詮慧

〇「脚跟なお進歩退歩あり、手頭に作拳開拳也」という諸法実相を云う程の事歟。

経豪

  • 是は「口のひろさ全口なる道理を暫く不知と云う」とも、樹枝の道理よく尋ねもてゆかば、口の様は知らるべき也と云う也。「樹枝を把拈して口をつくれるあり」とは、打ち任すは樹与口各別にて、此の口にて樹枝を含むとこそ被心得つるを、今は已樹枝を把拈して口を作れりとあり。知りぬ今の以樹為口(と)云う事を、此の理が全口是枝とも、是枝全口とも、通身口とも、通口是身とも、無尽に云わるる也。口と樹枝と実(に)一物一体なる時は、如此とも欠くとも入り交わりて談ずるに、聊かも無相違也。又「樹自踏樹、ゆえに脚不踏樹」と云う、人与樹各別なる時こそ、踏ぞ不踏とも被心得れ。今の道理は樹が自踏樹道理なる故に、脚不踏樹とは云わるる也。脚自踏脚の理にて、如此云わるる也。如此云えばとて、是にて又余の道理の不被談にあらぬ所を、しかあれども脚踏の上には、進歩退歩と云う道理もあるべし。手頭の上には作拳開拳の詞もあるべき所を如此被釈也。此の「進歩退歩、乃至作拳開拳」と云えばとて、今の理に背きて、又旧見を寄せ立つべきにあらず、とも書くも詞は無尽に有りとも、今の理に落とし居て可心得也。
  • 是は打ち任せて人の見解を被挙也、凡見なるべし。其れと云うは、此上樹人の姿は、口虚空に掛かりて盛りたる物の有るように思い付きたり、不可爾。今は㘅樹枝の姿を、掛虚空と談ずる也。故に「掛虚空それ㘅樹枝にしかんや」とは云う也。

 

樹下忽有人問、如何是祖師西来意。この樹下忽有人は、樹裏有人といふがごとし、人樹ならんがごとし。人下忽有人問、すなはちこれなり。しかあれば、樹問樹なり、人問人なり、挙樹挙問なり、挙西來意問西来意なり。問著人また口㘅樹枝して問来するなり。

口㘅枝にあらざれば、問著することあたはず。満口の音声なし、満言の口あらず。西来意を問著するときは、㘅西来意にて問著するなり。

詮慧

〇「樹下忽有人」と云いしが如しと云う、樹下をば樹裏と云う、人をば樹と仕う。人樹ならんが如しと云う故に。

〇「問いの詞も樹問樹也、人問人なり」。「挙は樹挙は問挙は西来意也」。「問いは西来意」という。

〇「口㘅枝にあらざれば、問著することあたはず。満口の音声なし、満言の口あらず」という、何れの言も不可差別事顕然也。この上にこそ、差別の語あれ、所詮「㘅西来意にて問著する」と云えば、問の先の答とも、この義を云う也。

経豪

  • 又「樹下忽有人問、如何是祖師西来意。この樹下忽有人は、樹裏有人」とは、樹下に人ありて、上樹の人に祖師西来の詞を問せんずるかと思う程に、樹下人と云わるる人は、「樹裏有人と如云し」とある時に、樹与人全不可各別、以樹為人以人為樹なるべし。「樹下に有人」と云う詞を、今は人下忽有人問とあり、樹下人と一物一体なる上は、如此いわるべき道理あるなり。此理の響く所が「樹問樹なり、人問人なり、挙樹挙也、挙西来意」とも入れ違えて被心得ぬ。実(に)無障礙也、又「問著人」は、樹下人口㘅枝は別人とこそ聞こゆるを、今は問著人また、口㘅枝して、問来する也とあり。問著人・口㘅枝人と差別なき上は、問著人も又口㘅枝して、問来する道理もあるべき也。必ず樹上人許枝をふくむべきにあらぬ道理あきらけし。
  • 是は以口為枝、枝と口と一なる道理を、口㘅樹枝にあらざれば、問著する事あたわずと云わるる也。以口談枝上は、誠(に)口㘅樹枝を聞著と可談也、是則親切の理也。口は別にて耳にて聞著するなどと心得ん(は)凡見なるべし。「満口の音声なし、満言の口あらず」とは、口㘅樹枝の姿を、やがて口と談ずるが、満口満言と云うなり。以詞為口。以口為言なり。を置きて其の能とするにはあらざる也。「西来の意を問著するときは、㘅西来意にて問著するなり」とは、只前に云いつる挙西来意、問西来意也と云いつる同心なるべし。

 

若開口答佗、即喪身失命。いま若開口答佗の道、したしくすべし。不開口答佗もあるべしときこゆ。もししかあらんときは、不喪身失命なるべし。たとひ開口不開口ありとも、口㘅樹枝をさまたぐべからず。開閉かならずしも全口にあらず、口に開閉もあるなり。

しかあれば、㘅枝は全口の家常なり。開閉口をさまたぐべからず。

詮慧

〇「若開口答他、即喪身失命。いま若開口答他の道、したしくすべし。不開口答他もあるべし」と云う、後の詞に、たとい開口不開口有りとも、口㘅樹枝を妨ぐべからず。開閉必ずしも全口にあらず、口に開閉もある也、と云う故に。

経豪

  • 是は本の詞を被引出。実にも口㘅樹枝の人ありて、答他所問時は喪身失命しつべし。但此の喪身失命(は)悪しき詞にあらず。然者開口の道理の上には、不開口の理あるべし。喪身失命の上には不喪身失命の理もあるべき也。但喪身失命は悪しく、不喪身失命は善しなんどは、努々不可心得。唯見仏の上の不見仏、会の上の不会程の丈なるべし。又開口とも不開口とも云え、口㘅樹枝の理に不可違所を妨ぐべからずと云うなり。開閉は口を本として、口の上に開とも閉とも常には談ずる也。今は以口開とも閉とも談ずる上は、実にも口に開閉もあるべき也。
  • 文に分明ばり。「㘅枝」と云うは全口の姿を云うべし。開閉の詞に依りて、口を妨ぐべからず、開とも閉とも談ぜよ、全口の上の功徳荘厳なり。

 

開口答佗といふは、開樹枝答佗するをいふか、開西来意答佗するをいふか。もし開西来意答佗にあらずは、答西来意にあらず。すでに答佗あらず、これ全身保命なり。喪身失命といふべからず。さきより喪身失命せば答佗あるべからず。

詮慧

〇「開口答他といふは、開樹枝答他するをいふか、開西来意答他するをいふか」と云う、此の条顕然也。喪身失命は全身保命也、香厳の心答他を辞せずと云う。

経豪

  • 又「開口答他」と云うは、開樹枝答他すと云う程の詞也と被釈也。口と樹と一体なる故に如此云わるる也。此理は又「開西来意答他す」と云う道理もあるべき也。此理ならば、又「答西来意」と云う道理もあるべしと云う也。口㘅樹枝の時、開口答他にせん時こそ喪身失命とは云わるれ。答他の義なくば、全身保命も善悪取捨の義にあらず。得不得程の理なるべし。又先より「喪身失命せば答他あるべからず」とは、全身保命の上は、誠に喪身失命なるべからず、此理は会・不会・見・不見の理也。

 

しかあれども、香厳のこころ答佗を辞せず、たゞおそらくは喪身失命のみなり。しるべし、未答佗時、護身保命なり。忽答佗時、飜身活命なり。

経豪

  • 是は香厳の心地は、答他せば喪身失命すべしと云う事を「辞せず」とは、喪身失命と全身保命とが、得失の詞にあらず。又得失に拘わらざる間、香厳唯恐らくは喪身失命と被仰たるなりと云う也。
  • 是は如前云。「未答他時」は、まことに護身保命と云う理ありぬべし。答他問は、喪身失命しぬべしと云う詞に対しては、かかる理一姿あるべし。「忽答他時、飜身活命也」と云う詞を、本の詞にも相違し、義理も当たらぬ様に覚ゆれども、もとより喪身失命と、護身保命との詞(は)唯一道なり。然者又、如此被談筋あるべしと云うなり。非得失詞上は、如此談ずるに総無煩也。

 

はかりしりぬ、人人満口是道なり。答佗すべし、答自すべし。問佗すべし、問自すべし。これ口㘅道なり。口㘅道を口㘅枝といふなり。

経豪

  • 此の「人」は上樹の人と、樹下の人とを云う歟、又樹与人を云う也。所詮、只此の上樹樹下口㘅樹枝等の理、「人々満口」の理なり。人も口も全無差別也。此の道理が答他とも問自とも云わるる也。以此理(を)「口㘅道」とは云うべき也。「口㘅道を口㘅枝」とも可談也。

 

若答佗時、口上更開壱隻口なり。若不答佗、違佗所問なりといへども、不違自所問なり。

経豪

  • 此の「答他時、口上更開一隻口也」とは、只全口なる道理を云うなり。「若不答只、違他所問也」とは、他と自不違自所問と云う程の理なりと云う也。他と自と不可各別。「違他所問と云うも、不違他所問と云うも、聊かも不可違、只同心なるべし。

 

しかあればしるべし、答西来意する一切の仏祖は、みな上樹口㘅樹枝の時節にあひあたりて答来するなり。問西来意する一切の仏祖は、みな上樹口㘅樹枝の時節にあひあたりて答来せるなり。

経豪

  • 御釈に聞こえたり。所詮「一切の仏祖は、皆上樹口㘅樹枝の道理より答来し、問西来意する一切の仏祖は、皆上樹口㘅樹枝の理」より、答来せる也と云うなり。是は只今の上樹口㘅枝の理と、仏祖と聊かも隔てなく一理なる所を、如此釈し表わさるる也。

 

雪竇明覚禅師重顕和尚云、樹上道即易、樹下道即難。老僧上樹也、致将一問来。いま致将一問来は、たとひ尽力来すとも、この問きたることおそくして、うらむらくは答よりものちに問来せることを。

経豪

  • 上の上樹話を、後に重顕和尚、重ねて此の道理を被述する詞を載せらるる也。今の「樹上道は即易し、樹下道は即難し」とあり、逆なるようにきゆ。樹上道こそ難し、樹下道こそ易かりぬべけれ、但今儀非爾。祖師の仏法には、今の難易の詞も不可類凡見。口㘅樹枝の理の上に、難易の詞を談ずる也。又「老僧上樹也、致将一問来」とあり、此の詞は所推量、説法の次歟、上堂歟時こそ被示つらぬ。「老僧上樹也、致将一問来」とあれば、此の和尚忽ち上樹して、如此被示したりけるかと覚ゆ、今の義非爾。はかりしりぬ、人の樹に上りたる定めに、今の上樹話を不可心得と云う事顕然なり。又「致将一問来は、たとい、尽力来すとも、此の問きたる事おそくして、うらむらくは、答よりも、後に問来せる事を」とは、致将一問来の詞に付けて、致将一問来は、たとい、尽力来すとも、此の問きたる事を尽くして、問より先に此の道場は、皆重顕和尚の詞に答えし了れり。故に答よりも後に問来せる也と云う也。(此の雪竇の語句一一に又西来意たる故に、致将一問の問いは西来意にて答えを待つべき問いにあらざれば、うらむらくは答よりも後に問来せる道理歟。

 

あまねく古今の老古錐にとふ、香厳呵々大笑する、これ樹上道なりや、樹下道なりや。答西来意なりや、不答西来意なりや。試道看。

詮慧

〇「香厳呵々大笑する、これ樹上道也や」、是は所詮「樹上道也、樹下道也、答西来意也」と可心得。「不答西来意也や」と云うは、会不会の不答也、樹上未樹上と云うも、答不答の義なり。

経豪

  • 是は無別子細。只「香厳呵々大笑したる」と許り心得て、頗る無其詮。今の呵々大笑の姿が、「樹上道也とも云われ、樹下道とも云われ、乃至答西来意とも不答西来意」にても、いづれにも皆当たるべきなり。此の詞に不可限、喪身失命とも護身保命とも、如人の人、千尺懸崖等、何れの詞にも不当也。是則祖師西来意の道理なるべし。

祖師西来意(終)

 

これは筆者の勉学の為に作成したもので、原文(曹洞宗全書・註解全書)による歴史的かなづかい等は、小拙による改変である事を記す。

 

 

正法眼蔵龍吟

正法眼蔵 第六十一 龍吟  

    一

舒州投子山慈濟大師、因僧問、枯木裏還有龍吟也無。

師曰、我道、髑髏裏有師子吼。

枯木死灰の談は、もとより外道の所教なり。しかあれども、外道のいふところの枯木と、佛祖のいふところの枯木と、はるかにことなるべし。外道は枯木を談ずといへども枯木をしらず、いはんや龍吟をきかんや。外道は枯木は朽木ならんとおもへり、不可逢春と學せり。佛祖道の枯木は海枯の參學なり。海枯は木枯なり、木枯は逢春なり。木の不動著は枯なり。

本則は『景徳伝灯録』・十五・投子大同禅師章を典拠としますが、本則では枯木裏と有りますが底本では枯木中とあります。

舒州(じょしゅう)は安徽省に属し投子山は桐城県の東北三里に在し、投子大同(819―914)の法脈は師匠に翠薇無学(生没不詳)―丹霞天然(739―824)―石頭希遷(700―790)と辿れます。

投子山大同禅師章冒頭には、「舒州投子山の大同禅師は、本州懐寧(安徽省潜山県)の人なり。姓は劉氏。幼歳にして洛下の保唐満禅師に依りて出家す。初め安般(数息)観を習い、次いで華厳教を閲して性海を発明す。復た翠薇山の法席に謁して、宗旨を頓悟す。是れに由りて放任に周遊し、故土に帰施して、投子山に隠れ、茅を結んで居す」と紹介されます。

「枯木死灰の談は、もとより外道の所教なり。しかあれども、外道のいふところの枯木と仏祖のいふところの枯木と、はるかにことなるべし」

字義通りの解釈で、これより枯木についての拈提で外道との対比を云うものです。

「外道は枯木を談ずといへども枯木をしらず、いはんや龍吟をきかんや。外道は枯木は朽木ならんとおもへり、不可逢春と学せり」

外道(げどう)という語の響きには、いかにも悪漢(極悪非道)と云った意味合いが有るように感ぜられるが、元来は仏教以外の教学を指し軽蔑の意はない。そこで外道が云う「枯木」は単に枯れ朽ちた現象物を取り上げ、本来の「枯木」を知らず、ましてや龍の吟り(本来のあり方)などは聞くにも及ばないと。発展段階的に種子→発芽→成長→枯木→死灰。このように断滅的思考法では、枯木が春に回り逢うということもないと学する事が「外道の見」だと言われます。

「仏祖道の枯木は海枯の参学なり。海枯は木枯なり、木枯は逢春なり。木の不動著は枯なり」

これからが拈提の始まりです。仏祖(真実)が云う「枯木」は「海枯の参学」と有りますが、『遍参』巻に説かれた処で、「遍参究尽なるには脱落遍参なり。海枯不見底なり、人死不留心なり。海枯といふは、全海全枯なり」とあるように、「枯」と「木」を別物に捉えるのではなく、「全枯」・「全木」と把握せよとの言です。

「海枯は木枯」・「木枯は逢春」は先程の「枯木は海枯」の逆バ―ジョンを提示するもので、木枯逢春も先の枯木不可逢春に対するアンチテ―ゼ的含意包語です。

「木の不動著は枯なり」を『聴解』では「桃は桃のままで不動。春になれば花が開き、秋には果実が成る、これを不動としありのままが枯木なり」と解釈しますが、小拙の愚考では「枯木は海枯」→「海枯は木枯」→「木枯は逢春」と語ベクトルを変換し、さらに解語作業で以て「木枯」を「木」と「枯」に解体し「全木」・「全枯」との拈提と読み解きます。

いまの山木海木空木等、これ枯木なり。萌芽も枯木龍吟なり。百千萬囲とあるも、枯木の兒孫なり。枯の相性體力は、佛祖道の枯樁なり、非枯樁なり。山谷木あり、田里木あり。山谷木、よのなかに松栢と稱ず。田里木、よのなかに人天と稱ず。依根葉分布、これを佛祖と稱ず。本末須歸宗、すなはち參學なり。かくのごとくなる、枯木の長法身なり、枯木の短法身なり。もし枯木にあらざればいまだ龍吟せず、いまだ枯木にあらざれば龍吟を打失せず。

これから道元流独自の拈提に入ります。

「今の山木・海木・空木等、これ枯木なり。萌芽も枯木龍吟なり。百千万囲とあるも、枯木の児孫なり」

ここに云う山木・海木・空木は、先に云う海枯の一つの風景を全視点から述べたもので、これらも「枯木」と云う絶対真実を表す比喩で、山の木・海の木・空の木と云った空想概念ではありません。

「萌芽も枯木龍吟」とは、先段で二乗外道は種子→発芽→成長→枯木→死灰

という論法を抱くと説明しましたが、仏道理法で説く「皮肉骨髄」論の如くに、「萌芽」は全機現萌芽ですから、絶対的真実を表徴する枯木龍吟と同体せしめる論法になり、言句を換え「百千万囲」(我々を取り囲む全てのもの)と云う造語と思われるもので、「尽十方」語調を表出させ「枯木の児孫」に位置づけます。

「枯の相・性・体・力は、仏祖道の枯樁(棒ぐい)なり、非枯樁なり。山谷木あり、田里木あり。山谷木、よのなかに松柏と称ず。田里木、よのなかに人天と称ず。依根葉分布、これを仏祖と称ず。本末須帰宗、すなはち参学なり」

これまでの説明で見てきたように、「枯木」は絶対的仏法の別語としての前提文ですから、「枯の相性体力は仏祖道の」という語法が成り立つわけです。「相性体力」は法華経方便品で云う処の十如是の四つを列挙したもので、ともに真実のあり方を云うもので、相(形相)・性(本質)・体(形体)・力(能力)・作(作用)・因(直接的な原因)・縁(条件・間接的な関係)・果(因に対する結果)・本末究竟等相(無差別平等)という十種の存在の仕方・方法を諸法実相と捉えるもので、それらは皆共々仏祖が云う処の枯樁(朽ちた棒ぐい)であり非の枯樁であると。

先に「山木」とありましたが此処では「山谷木」と表現を換え、娑婆世界では「松柏」と呼び、「田里木」つまり人家周辺にある「木」を「人天」と称ずと。これは差異を云うのではなく、異処同義体を云うものです。

「依根葉分布」は根に依って葉は分布す。と読み、根と葉は言葉は別物ですが、一体同心のような関係で、先に云う松柏と人天との関係を『参同契』の語句で再度云うもので、「本末須帰宗」・本末須らく宗に帰すべしと。同じく『参同契』で以て本(山谷木)末(田里木)すべからく(なすべきこととして)宗に帰ることが参学なりと。

つまりは此の箇処は「枯木」についての拈提ですから、云う処は枯木的坐観・所謂は只管打坐を遠回しに云うものです。

「かくのごとくなる、枯木の長法身なり、枯木の短法身なり。もし枯木にあらざればいまだ龍吟せず、いまだ枯木にあらざれば龍吟を打失せず」

「かくのごとく」とは山木・海木・空木や山谷木・田里木を示唆し、そこには「長短」それぞれの枯木・つまり真実の世界が存在し、「枯木」がなかったならば「龍吟」と云う真実もなく失う事もないとの拈提です。

幾度逢春不變心は、渾枯の龍吟なり。宮商角徴羽に不群なりといへども、宮商角徴羽は龍吟の前後二三子なり。

しかあるに、遮僧道の枯木裏還有龍吟也無は、無量劫のなかにはじめて問頭に現成せり、話頭の現成なり。

投子道の我道髑髏裏有師子吼は、有甚麼掩處なり。屈己推人也未休なり。髑髏遍野なり。

「幾度逢春不変心」の言葉は大梅法常(752―829)が語ったものですが、『行持』巻(仁治三(1242)年四月五日興聖寺)に「摧残枯木倚寒林、幾度逢春不変心。樵客遇之猶不顧、郢人那得苦追尋。」(摧残せる枯木、寒林に倚り、幾度か春に逢うも心を変えず。樵客之に遇うも猶お顧みず、郢人(えいじん)那(な)んぞ苦(しきり)に追尋するを得んや。)とあるように、起句に「枯木」の語があり「不可逢春」を使用した連関からの引用だと思われます。

「渾枯の龍吟」の渾は尽界を云いますから、尽界が枯木龍吟・つまりは尽十方界は枯木の龍吟と云う真実で満ち満ちているとの拈語です。

「宮商角徴羽に不群なりといへども、宮商角徴羽は龍吟の前後二三子なり」

宮(きゅう)商(しょう)角(かく)徴(ち)羽(う)を五音と云い中国での音階を指し、今は「龍吟」の拈提ですから、龍の吟りを音楽に喩えての云い様で、龍吟はその音階では表現されないけれども、龍吟と云う大きな枠内に「宮商角徴羽」「前後二三子」と取り込まれているとの拈提です。

「しかあるに、遮僧道の枯木裏還有龍吟也無は、無量劫のなかにはじめて問頭に現成せり、話頭の現成なり」

ここからが本則に対する拈提の結論部です。

遮僧道の「遮」は「這」に通じ、投子慈済(大同)大師に僧が質問した「枯木裏還有龍吟也無」の最後部の「無」という疑問詞が仏法の真髄を表意するとの拈提で、「問処は答処と一等」が微塵も隠すことなく、ありのまま現成していると、無量劫の中に於いて。

「投子道の我道、髑髏裏有獅子吼は、有甚麼掩処なり。屈己推人也未休なり、髑髏遍野なり」

僧の質問に対し投子が云うには、髑髏のなかに獅子吼(釈迦説法)があると。これは先の質問に対する答話ではなく、先程云ったように僧の問いは「問処は答処に一等」である為に、投子は同義語で以て枯木を髑髏に龍吟を獅子吼に差し換えた投子の言い分です。「有甚麼掩処」は甚麼(なに)の掩(おお)う処か有らんと読解しますから、僧の云う「枯木龍吟」も投子が説く「髑髏獅子吼」も共に真実は尽界に遍満しているのだから、何で今さら掩い隠すことがあろうか、との言です。

「屈己推人也未休なり、髑髏遍野なり」

「己を屈して人を推(お)すこと也(また)未だ休せず」とは、自己主張しない事を云うもので、『御抄』(「註解全書」七・五六四)では「一方を称すれば一方はくらしと云う程の心地」と解釈され、「髑髏遍野」とは先程来云うように、ドクロを枯木同様・真実態と見なすわけですから、「山木・海木・空木等」野に遍く也との結語です。

 

    二

香嚴寺襲燈大師、因僧問、如何是道。師云、枯木裡龍吟。僧曰、不會。師云、髑髏裏眼睛。後有僧問石霜、如何是枯木裡龍吟。霜云、猶帶喜在。僧曰、如何是髑髏裏眼睛。霜云、猶帶識在。又有僧問曹山、如何是枯木裡龍吟。山曰、血脈不斷。僧曰、如何是髑髏裡眼睛。山曰、乾不盡。僧曰、未審、還有得聞者麼。山曰、盡大地未有一箇不聞。僧曰、未審、龍吟是何章句。山曰、也不知是何章句。聞者皆喪。

いま擬道する聞者吟者は、吟龍吟者に不齊なり。この曲調は龍吟なり。枯木裡髑髏裡、これ内外にあらず、自佗にあらず。而今而古なり。猶帶喜在はさらに頭角生なり、猶帶識在は皮膚脱落盡なり。

本則は『真字正法眼蔵』・上・二十八則に依ります。

香厳(きょうげん)は河南省鄧州鄧県にある山の名で、襲燈とは皇帝からの謚号(しごう)である。出身は山東青州地、師は潙山霊祐(771―853)を仰ぎ同門には仰山慧寂(807―883)・霊雲志勤・京兆米胡等が同席し、香厳撃竹の話。さらに「一撃亡所知、更不假修治。動容揚古路、不堕悄然機。」の偈頌が有名であります。

香厳智閑を取り扱うものは、『行持』巻・『谿声山色』巻・『神通』巻・『祖師西来意』巻・『王索仙陀婆』巻(仮字正法眼蔵) 『真字正法眼蔵』では上十七則・六十一則、中三十八則(金沢本)、下四十三則等があります。

本則には四人の学人が登場します。

ある僧と香厳智閑(―898)・石霜慶諸(807―888)・曹山本寂(840―901)で、法脈は香厳―潙山霊祐(771―853)―百丈懐海(749―814)、石霜―道吾円智―薬山惟儼(745―828)、曹山―洞山良介(807―869)―雲厳曇晟(782―841)となり、ある僧は法系を越え各和尚に「龍吟」の真意を訪道したようです。

香厳寺の襲燈大師智閑和尚に、因みに僧が問うた、如何なるか是れ道。

この場合の「道」は仏道の意ですが、先来の問処は答処と一様との論理からすると、「如何」の語には全体性を包含する語彙ですから、この時点で限定された概念語ではない事になります。

それに対し香厳は枯木の裡(なか)の龍吟と答えます。

僧は不会(わかりません)と云う。

本則では「不会」とされますが『聯灯会要』・八・香厳章では「如何是道中人」とあり、おそらく道元禅師みづから改変されたものと思われます。

再び香厳は「不会」に対し初答「枯木裡龍吟」と同程のバリエーションで以て「髑髏裏眼晴」と答えます。

後に僧が石霜慶諸に如何是枯木裡龍吟と問う。この僧は同一人と仮定してみると、香厳山から石霜の道場に出向き、智閑に対して行った同じ質問をしたわけです。

それに対し石霜は猶帯喜在と答えますが、猶(まだ)喜(喜怒哀楽の感情)というものが少し残っている、との答話です。

僧は再度、香厳の答話である髑髏裏眼晴を石霜に質問すると、

石霜は先程と同様、猶帯識在とまだ意識が少し残っているとの答話です。

次に場面が展開し、曹山本寂の道場での参学時に、如何是枯木裡龍吟と最初の疑問を曹山に聞きます。

曹山は血脈不断つまり血液は絶えていない。所謂はまだ生きていると。

僧は同じく髑髏裡眼晴の意を曹山に問うに、曹山は乾不尽・乾き切ってはいない、との言です。

香厳・石霜・曹山三人の和尚はそれぞれの言い分で具体的に答話するのに対し僧は、

未審・わからないと嘆き、また龍が吟ずるを聞く者はいますかとの問いに、

曹山が云うには尽大地この世の中で未だ一人も聞かない者はないと。

僧にはわからず未審・未だ審(つまびらか)でないとの意で、禅宗門下では「イブカシ」と読み親しむ語ですが、他にも「ソモ」とルビを打つ教本もあります。「そ」は代名詞+「も」は係助詞を表し、「それはそうと」・「そもそも」などと注釈されます。そもそも龍は何の章句(ことば)を吟じているのですかと。との問いに、

曹山が云うには、またこれは何の章句か知らず、龍の吟りを聞いた者は皆喪す。(死んでしまう)

「いま擬道する聞者吟者は、吟龍吟者に不斉なり。この曲調は龍吟なり」

これからが道元禅師の拈提で「擬道」の擬は「おしはかる」の意がありますから、道(い)おうとする処は、聞く者と吟ずる者との語調は不斉(ひとしくない)ですが、龍吟(真実の表徴)としての曲調に於いては範疇内であると。言わんとする処は、投子の段で説いた「渾枯の龍吟は宮商角徴羽に不群なりといへども、宮商角徴羽は龍吟の前後二三子なり」との拈提の再確認だと思われます。

「枯木裡・髑髏裡、これ内外にあらず、自他にあらず、而今而古なり」

ここに云う枯木も髑髏も尽十方・尽大地を表意する言句として使われますから、内と外・自と他と云った概念は成り立たず、而今而古つまり亘古亘今と同義語で永遠を云います。因みに裡は裏の俗字です。

「猶帯喜在はさらに頭角生なり、猶帯識在は皮膚脱落尽なり」

僧が問う枯木裡龍吟に対し石霜が答えた「猶帯喜在」の一般的解釈は、枯れた木が風に吹かれて音を出すのは、まだ少しばかり自然界との縁を表す手段として枯木の感情を表現する為であり、枯木と自然界との一体性を云うものだと思われますが、拈提では頭角生と頭に角が生ずるとの事です。「頭角」とは凡夫の有所得心であったり、煩悩の念が起こる事を示唆しますが、『御抄』(「註解全書」七・五六八)の註釈では「枯木龍吟の上の荘厳功徳」と肯定的に捉え、「龍吟」つまり尽十方真実態の一風景とのことです。「猶帯識在」の解釈も独自な表現で以て「皮膚脱落尽」との事ですが、元々は『涅槃経』からの言葉のようですが、強豪和尚は「皮膚脱落尽は解脱の姿」と説かれます。

曹山道の血脈不斷は、道不諱なり。語脈裏轉身なり。乾不盡は海枯不盡底なり、不盡是乾なるゆゑに乾上又乾なり。聞者ありやと道著せるは、不得者ありやといふがごとし。盡大地未有一箇不聞は、さらに問著すべし。未有一箇不聞はしばらくおく、未有盡大地時、龍吟在甚麼處、速道々々なり。未審、龍吟是何章句は、爲問すべし。吟龍はおのれづから泥裡の作聲擧拈なり。鼻孔裏の出気なり。也不知、是何章句は、章句裏有龍なり。聞者皆喪は、可惜許なり。

ここからは曹山の答話に対する拈提開始です。

「曹山道の血脈不断は、道不諱なり、語脈裏転身なり」

僧が曹山に問うた枯木裡龍吟に対して曹山が答えた「血脈不断」の意は、先にも云ったように「生きている」との解釈ですから、「道不諱」つまり道(い)うことを諱(い)みきらわずで、「語脈裏転身」の語脈とは「枯木裡龍吟」・「髑髏裡眼晴」を示し、龍吟や眼晴と云った真実の世界の中に「転身」・転げ回っているという拈提です。

「乾不尽は海枯不尽底なり、不尽是乾なるゆゑに乾上又乾なり」

髑髏裡眼晴の問いに対する曹山の「乾不尽」に対する拈提は「海枯不尽底」つまり海が枯れても決して底は尽きない事を云うものですが、「海枯不尽底」は前段提唱時での「仏祖道の枯木は海枯の参学なり海枯は木枯なり」に通じ、さらに『遍参』巻に説かれる「遍参究尽なるには脱落遍参なり。海枯不見底なり人死不留心なり。海枯といふは全海全枯なり」に通底される拈提だと思われ、「不尽是乾なるゆゑに乾上又乾なり」これを『御抄』(「註解全書」七・五七一)では「悟上得悟、迷中又迷のことばと同じ」と云われます。

「聞者ありやと道著せるは、不得者ありやといふがごとし」

僧が云う聞く者があるかとは、龍が実際に吟ずるのを聞く人がありますかと曹山に問うた事は、「不得者」つまり聞く事の出来ない者があるかと云うようなものだとの拈提で、龍吟が聞こえる聞こえないと云う事ではなく全てが「龍吟」だとの言明です。

「尽大地未有一箇不聞は、さらに問著すべし、未有一箇不聞はしばらくおく、未有尽大地時、龍吟在甚麼処、速道速道なり」

尽大地未有一箇不聞は曹山が先程の龍吟を聞いた事があるかとの問いを受けての答話でしたが、道元禅師はこの曹山の答話に対して更に徹底した問答を要求します。

曹山は尽大地(尽十方界)には龍吟を聞かない者はいない。と云ったのですが、尽大地だけでは未徹底で「未有尽大地)つまり宇宙が生成される以前には龍吟は甚麼(どこ)にあるかとの問いを、僧を代弁しての曹山に対する道元禅師の問いです。曹山と僧との問答に拈提者自身が時空を超越する「以尽地為龍吟、以龍吟為尽地」と肉迫した場の設定です。

「未審、龍吟是何章句は、為問すべし、龍吟はおのれづから泥裡の作声挙拈なり、鼻孔裏の出気なり」

龍吟とは未審(そもそも)何の章句(ことば)を吟じているか。と云う質問だと思われるが、拈提では「為問すべし」とあり、「如是」・「作麼生」等を冠詞せよとの意でしょうか。そこで龍吟の章句とは、泥(日常底)の中からの作声(声色)や鼻の穴からの呼気だとの拈提です。言う処は尽大地龍吟ならざる処なしとの事です。

「也不知、是何章句は章句裏有龍なり」

曹山が云う龍吟の章句(ことば)は知らずに対する拈語は、「章句裏」・ことばの中に龍(吟)は居るとの拈提で、これも先程来の繰り返しで語言を換えての云い分です。

「聞者皆喪は可惜許なり」

普通は聞く者は皆死ぬと解されるのですが、これまでの一貫した思考法は、龍吟に対しての物(者)の見方ではなく同体同義語として取り扱う事ですから、全てが龍吟の状態では聞く対象が存在しないから、「皆喪」と理解し、「可惜許」・おしいことだと拈提を終わらせます。

 

    三

いま香嚴石霜曹山等の龍吟來、くもをなし、水をなす。不道道、不道眼睛髑髏。只是龍吟の千曲萬曲なり。猶帶喜在也蝦蟇啼、猶帶識在也蚯蚓鳴。これによりて血脈不斷なり、葫蘆嗣葫蘆なり。乾不盡のゆゑに、露柱懷胎生なり、燈籠對燈籠なり。

香厳・石霜・曹山三人それぞれ龍吟を表現した処は「雲をなし水をなす」・自然活動そのものを云うものです。この状態を「不道道」・つまり雲水の活動そのものは龍を吟じていても人間の耳目には届かない事を云うもので、さらに「不道眼晴髑髏」と云い、また「宮商角徴羽」に関連させて「千曲万曲」の語で以て、龍吟の遍満性を云うものです。

「猶帯喜在也蝦蟇啼、猶帯識在也蚯蚓鳴」

石霜の答話に『眼睛』巻での如浄和尚の云う「蝦蟇啼・蚯蚓鳴」を付言した道元流の表現方式で、「なお喜を帯する在り也蝦蟇啼く」と読み、説かんとする主旨は「枯不裡龍吟」「猶帶喜在」「蝦蟇啼」の同等なる義を述べんとするもので、さらに蝦蟇の啼・蚯蚓の鳴・龍吟の吟の差別なきを説き、龍吟は上物、がま・みみずは下等という世間一般的なヒエラルキーを打破する為のもので、「これによりて血脈不断」と連続・聯関した血流の不断、つまり生命(いのち)の同等性を説く拈提・提唱だと思われます。

さらに「葫蘆嗣葫蘆」と、ひょうたんはひょうたんに嗣ぐと同時同等の言句を添えます。「乾不尽の故に」のひょうたんは、乾燥しても形状はそのままですから、永続性を説き、「露柱懐胎生・灯籠対灯籠」という禅語で、不変性の表徴としての語句で以て『龍吟』巻を終わらせます。

『家常』巻でも言及しましたが、「七十五巻正法眼蔵」配列では第五十六『見仏』巻から第五十九『家常』巻は、「禅師峰」といわれる「白山平泉寺」領域での説示であり整合性が見受けられますが、同じ「禅師峰」示衆である『龍吟』巻を第六十一に据えて、第六十に『三十七品菩提分法』巻を配列されるが、説示内容的にも「見仏」—「遍参」—「眼睛」—「家常」—「龍吟」という個別具体例を説いた後で「三十七品」という仏教の総合的項目を説いた方が体系的示唆に思われるが、はなはだ疑問が残る拾勒である。

 

 

正法眼蔵第六十一「龍吟」を読み解く

正法眼蔵第六十一「龍吟」を読み解く

 

 舒州投子山慈濟大師、因僧問、枯木裏還有龍吟也無。

 師曰、我道、髑髏裏有師子吼。

 枯木死灰の談は、もとより外道の所教なり。しかあれども、外道のいふところの枯木と、佛祖のいふところの枯木と、はるかにことなるべし。外道は枯木を談ずといへども枯木をしらず、いはんや龍吟をきかんや。外道は枯木は朽木ならんとおもへり、不可逢春と學せり。佛祖道の枯木は海枯の參學なり。海枯は木枯なり、木枯は逢春なり。木の不動著は枯なり。いまの山木海木空木等、これ枯木なり。萌芽も枯木龍吟なり。百千萬囲とあるも、枯木の兒孫なり。枯の相性體力は、佛祖道の枯樁なり、非枯樁なり。山谷木あり、田里木あり。山谷木、よのなかに松栢と稱ず。田里木、よのなかに人天と稱ず。依根葉分布、これを佛祖と稱ず。本末須歸宗、すなはち參學なり。かくのごとくなる、枯木の長法身なり、枯木の短法身なり。もし枯木にあらざればいまだ龍吟せず、いまだ枯木にあらざれば龍吟を打失せず。幾度逢春不變心は、渾枯の龍吟なり。宮商角徴羽に不群なりといへども、宮商角徴羽は龍吟の前後二三子なり。

 しかあるに、遮僧道の枯木裏還有龍吟也無は、無量劫のなかにはじめて問頭に現成せり、話頭の現成なり。

 投子道の我道髑髏裏有師子吼は、有甚麼掩處なり。屈己推人也未休なり。髑髏遍野なり。

 香嚴寺襲燈大師、因僧問、如何是道。師云、枯木裡龍吟。僧曰、不會。師云、髑髏裏眼睛。後有僧問石霜、如何是枯木裡龍吟。霜云、猶帶喜在。僧曰、如何是髑髏裏眼睛。霜云、猶帶識在。又有僧問曹山、如何是枯木裡龍吟。山曰、血脈不斷。僧曰、如何是髑髏裡眼睛。山曰、乾不盡。僧曰、未審、還有得聞者麼。山曰、盡大地未有一箇不聞。僧曰、未審、龍吟是何章句。山曰、也不知是何章句。聞者皆喪。

 いま擬道する聞者吟者は、吟龍吟者に不齊なり。この曲調は龍吟なり。枯木裡髑髏裡、これ内外にあらず、自佗にあらず。而今而古なり。猶帶喜在はさらに頭角生なり、猶帶識在は皮膚脱落盡なり。曹山道の血脈不斷は、道不諱なり。語脈裏轉身なり。乾不盡は海枯不盡底なり、不盡是乾なるゆゑに乾上又乾なり。聞者ありやと道著せるは、不得者ありやといふがごとし。盡大地未有一箇不聞は、さらに問著すべし。未有一箇不聞はしばらくおく、未有盡大地時、龍吟在甚麼處、速道々々なり。未審、龍吟是何章句は、爲問すべし。吟龍はおのれづから泥裡の作聲擧拈なり。鼻孔裏の出気なり。也不知、是何章句は、章句裏有龍なり。聞者皆喪は、可惜許なり。

 いま香嚴石霜曹山等の龍吟來、くもをなし、水をなす。不道道、不道眼睛髑髏。只是龍吟の千曲萬曲なり。猶帶喜在也蝦蟇啼、猶帶識在也蚯蚓鳴。これによりて血脈不斷なり、葫蘆嗣葫蘆なり。乾不盡のゆゑに、露柱懷胎生なり、燈籠對燈籠なり。

 

 正法眼藏龍吟第六十一

 

  爾時寛元元年癸卯十二月廿五日在越宇禪師峰下示衆

  弘安二年三月五日於永平寺書冩之

 

正法眼蔵を読み解く龍吟」(二谷正信著)

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/ryuugin

 

詮慧・経豪による註解書については

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2020/03/01/000000

 

 龍吟提唱―酒井得元

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2020/12/13/152716

 

道元白山信仰ならびに吉峰・波著・禅師峰の関係についてー中世古 祥道

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2022/08/01/145341

 

禅研究に関しては、月間アーカイブをご覧ください

https://karnacitta.hatenablog.jp/

 

道元永平寺―『福井県史』通史編2中世より抜書(一部改変)

https://karnacitta.hatenablog.jp/entry/2021/08/14/173407