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現代人による正法眼蔵解説

詮慧・経豪 正法眼蔵 第五十五 十方 (聞書・抄)

詮慧・経豪 正法眼蔵 第五十五 十方 (聞書・抄)

拳頭一隻、只箇十方なり。赤心一片、玲瓏十方なり。敲出骨裏髄了也。

詮慧

〇「十方」と云う事は、一世界の上に置きて、十方を立ててする故に、定まれる東西なし。阿弥陀の国土は、是より西方と説けども、さに猶仏土ありと説く。しからば西方の浄土と云うも、東方になるらん、ただ十方は一方と心得たり。毎物の上に十方は取るべし、一塵の上にも仏土あるべし。或いは身土不二とも説き、或いは大地有情同時とも云う。このとき国土も十方もあるべからざるか。

経豪

  • 先ず「十方」と云う事を、打ち任せて談ずるには、娑婆世界を中に置きて、是を本として、此の上に東西南北を定む。或いは又身を本として、我の上に四方を談ず。是れ打ち任せたる「十方」の所談なり。今仏祖所談の十方(は)非爾、ゆえに「拳頭一隻、只箇十方」と談ず也。此の道理は中心と立てず、此上には又四方と立つべきにあらず。只「拳頭一隻」を以て、十方と談ず也。「赤心一片玲瓏」の姿を以て、十方と談ず也。まことに旧見の十方に水火せり。「敲出骨裏髄了也」と云うは、ただ一筋にて又物も交わらぬ也。「拳頭一隻只箇十方」の姿(を)、敲出骨裏髄了也と云わるる也。

 

釈迦牟尼仏、告大衆言、十方仏土中、唯有一乗法。いはゆる十方は、仏土を把来してこれをなせり。このゆゑに、仏土を拈来せざれば十方いまだあらざるなり、仏土なるゆゑに以仏為主なり。

この娑婆国土は、釈迦牟尼仏土なるがごとし。この娑婆世界を挙拈して、八両半斤をあきらかに記して、十方仏土の七尺八尺なることを参学すべし。

詮慧

釈迦牟尼仏言。東方万八千土を照らすと説く事は、東方の外に余方ありと説き御まさず。但余方亦然とあれば、猶又残りの方有りとも覚えたれども、仏土に無東西、人に有南北、仏性に無南北という。我に対して、我中央に置きて云う時こそあれ、仏性に南北なしと云うは、ただ十方仏性也。仏性狗子に有と説く時は、狗子も無南北。一切衆生悉有仏性と説く時は、無南北なり。東方万八土の詞、強ち東方と不可心得、ただ光明が東方となるが、白毫の光に被照を云うか、皆仏土ならん何れの方も仏歟。一所を仏土と取らん、九方は別なるべし、この義不可然。広狭なきゆえに、「十方仏土中、唯有一乗法」と云うは、十方の広きを一乗に為すと云うに似たり。「十方は仏土を把来す」と云うにて心得べし。「七尺八尺」という詞を心得るは指天指地、唯我独尊と被仰。これ天地許りの尊にて、今四方四角を残すか。しかあるべからず、東方万八千土の義にて可心得。自始十方唯我独尊ならば、指天指地の義あるべからず、然而指天指地なり。諸法を実相と習う時も、又十如是を習うにも、必ず(しも)十に限らず。ただ唯仏与仏という。第一に如是相と説く時、此の外に物あるべからずとこそ聞こゆれ。法皇運開きて、実相を説かせ給う時は十方と云わる。実相と云わる故に、十方は一方に入り一仏に入ると云う。眼睛方、拳頭方と説かるる時、十方の外に、何れの所に可置、此方哉。我が信ずる仏を勝れたりと思う。是も誠(に)一仏一国を信ずるは善けれども、彼此の差別、仏土にはあるべからず。信を信ずる由にて、取り分けて一仏を信ず。これ仏の本意にあらず、然者不可有信仏義なり。

経豪

  • 是は被引経文。「十方仏土中、唯有一乗法」と云うを、打ち任せて心得には、十方をば総てに置いて、其の内に一乗の法ありと心得なり。如此談ずれば、能居の土、新居の法あるに似たり。不然、是は「仏土を拈来」して十方と談ず也。故に「十方」と「仏土」とは只一体也。「ゆえに仏土を拈来せざれば、十方いまだあらざる也」とは云う也。「以仏為主」の詞もまた非各別。娑婆釈迦牟尼仏なる姿を「以仏為主」とも談ず也。
  • 以国土釈迦牟尼仏と談ずるゆえに、「娑婆国土は、釈迦牟尼仏土の如し」と云う也。此の娑婆世界と、釈迦牟尼仏とのあわい、「八両半斤」と云う程の道理なるべし。只一物なる道理也。「十方仏」と「七尺八尺」と又「八両半斤」なるべし。

 

この十方は、一方にいり一仏にいる、このゆゑに現十方せり。十方一方、是方自方、今方なるがゆゑに眼睛方なり、拳頭方なり、露柱方なり、燈籠方なり。かくのごとくの十方仏土の十方仏、いまだ大小あらず、浄穢あらず。このゆゑに十方の唯仏与仏、あひ称揚讃嘆するなり。

さらにあひ誹謗してその長短好悪をとくを転法輪とし、説法とせず。諸仏および仏子として、助発問訊するなり。

仏祖の法を稟受するには、かくのごとく参学するなり。外道魔儻のごとく是非毀辱することあらざるなり。

いま真丹国につたはれる仏経を披閲して、一化の始終を覰見するに、釈迦牟尼仏いまだかつて佗方の諸仏それ劣なりととかず、佗方の諸仏それ勝なりととかず。また佗方の諸仏は諸仏にあらずととかず。おほよそ一代の説教にすべてみえざるところは、諸仏のあひ是非する仏語なり。佗方の諸仏また釈迦牟尼仏を是非したてまつる仏語つたはれず。

経豪

  • 「この十方は一方に入り一仏に入る」とは、「十方」とは中心を置いて、是を経ぬしにして、十方と云う。是は中心と云う沙汰なし、只おしふさねて、十方と談ず。此の十方の姿が、一法と云われ、此の一方の姿が、「十方」とは云わるる也。これを如此云也。此の道理又「現十方」なるべし。又「十方一方、是方自方」とを云うは、十方と云えば、必ず(しも)十方の方と許り、この道理にては云うべきにあらず。此の「十」を取り替えて、「是方」とも「自方」とも、「今方」とも、乃至「眼睛方」、「露柱燈籠方」とも云うべきなり。「如此の十方仏土の十方仏は、大小浄穢にあらざる」べし。只「十方の唯仏与仏、称揚讃嘆するなり」と云う也。まことに法体を直指する祖門仏法の上に同じかは「大小浄穢」の沙汰あるべき、勿論の事也。
  • 如文。長短・好悪・誹謗の義、実不可有。相楽に「諸仏及び仏子として、助発問訊する」のみなり。
  • 如文。御釈委細也。只所詮仏々祖々のあわい、彼を是非する事なき次第を、委被釈也。如文。

 

このゆゑに、釈迦牟尼仏、告大衆言、唯我知是相、十方仏亦然。しるべし、唯我知是相の相は、打円相なり。円相は遮竿得恁麼長、那竿得恁麼短なり。

十方仏道は、唯我知是相、釈迦牟尼仏亦然の説著なり。唯我証是相、自方仏亦然なり。

我相知相是相一切相十方相娑婆国土相釈迦牟尼仏相なり。この宗旨は、これ仏経なり。

諸仏ならびに仏土は両頭にあらず。有情にあらず無情にあらず、迷悟にあらず、善悪無記等にあらず。浄にあらず穢にあらず、成にあらず住にあらず、壊にあらず空にあらず、常にあらず無常にあらず、有にあらず無にあらず、自にあらず。離四句なり、絶百非なり。たゞこれ十方なるのみなり、仏土なるのみなり。

しかあれば、十方は有頭無尾漢なるのみなり。

詮慧

〇いま「円」と説くは、見色(青黄赤白等是なり)、形色(長短方円是也)、表色(明昧等是なり)等の中の形色の随一と聞こゆ。「円」という詞を最上に思いて仏道に取るは、欠けたる所なき故なり。月の形に円月相とて十五日の月に喩う、面如浄満月という、円なる相とは不可心得。面皮厚三寸、面皮薄一丈という詞あり、円と云うべからず、方円の円にあらず。東方と云わんも、ただ「遮竿得恁麼、那竿得恁麼」と云う程の事也。亦有亦空も、仏土中「離四句、絶百非」の仏土もあるべき也。仏土の外へ、離し絶する義不可有也。

経豪

  • 是は経文を被引。「打円相」とは、祖師の払子、或いは拄杖にて作円相と云う事あり。所詮是は辺際なく、欠けたる所なき心也。「円相は遮竿得恁麼長、那竿得恁麼短」とは、祖師に何なるがこれ法身と尋ねたりしに、竹の中へ此問する僧を具して入れて何れの竹が長き、何れの竹が短きと、問いたる事ありき。是は所詮、短も長も、只竹の上の道理也。長短の詞、替わりたる許り也。替わりたれども、非各別、只竹の上の道理なるべし。
  • 「唯我知是相」の「我」は釈尊我此相を知る。十方仏亦然とある道理が響きて、「唯我知是相、釈迦牟尼仏亦然」とは云わるべき也。釈尊と十方仏と、非各別道理あきらけし。又「唯我知」の「知」の文字を「証」に取り替えて、如此云わるる也。実にも必ず(しも)「知」の文字許りに拘わるべからず。証とも行とも、乃至坐とも云わるべき故に「唯我証是相」とはあるなり。又前に云いつるように、「十方」と許り非可取。「自方仏亦然」とも他方仏亦然とも、乃至眼睛方亦然とも云わるべき道理を被述也。
  • 是は「唯我知相」の「相」の字を「我」に付け、「知」に付け「是」に付け、乃至「一切」に付け、「十方」に付け、「娑婆国土・釈迦牟尼仏」等に付くるなり。「唯我知是相」と云えば我与相(は)各別なるを、「我のみ知る」と心得ぬべし。今は我が相にてあり、知すなわち相也。是又相なる道理が聞こゆるなり。然者知与相、非各別理あらわるる也。此道理を今は「仏経」と習うなり。
  • 「諸仏与仏土」、尤も「両頭」と覚えたれども、もとより身土不二の道理、今更不及云。所詮諸仏と仏土とのあわい、実如右云。「有情」とも「無情」とも、「浄穢」とも「成住壊空」とも非可談、「離四句百非」也。只「十方なる道理のみなり」とある也。十方とも難定。十方の道理の外になきゆえに。
  • 是は無別子細。。十方の外に物なき道理を、「有頭無尾漢」というなり。十方を有頭と談ずるゆえに無尾漢なるなり。祖師の詞、仏性と云わんも、法性と談ずも、脩竹芭蕉も、乃至椅子竹木と云うも、皆「有頭無尾漢」の道理なるべしと心得なり。

 

長沙景岑禅師、告大衆言、尽十方界、是沙門壱隻眼。いまいふところは、瞿曇沙門眼の壱隻なり。瞿曇沙門眼は、吾有正法眼蔵なり、阿誰に附嘱するとも瞿曇沙門眼なり。尽十方界の角々尖々、瞿曇の眼処なり。

この尽十方界は、沙門眼のなかの壱隻なり。これより向上に如許多眼あり。

詮慧

〇長沙景岑段。「尽十方界是沙門一隻眼」という、これ沙門の眼の一分の十方界也。さらに「界」の字は広きを沙門の眼とせんとにはあらず。「界」の詞は猶分際あれば、沙門の眼の一分也。今「尽十方界是沙門眼」とも家常とも云うは、脱落跳出の義なり。

〇「尽十方界は沙門眼のなかの一隻也、これより向上に如許多眼有り」という、これ一隻眼の外に、又如許多眼のあらんずるにてはなし、向上と仕う。上下にも対せず。「許多」と云えば、別の事のあらんずるにてもなし、ただ仏の全面をこそ、向上とも仕え、許多と云う。少なきに対して多と説くにあらず。一隻少なからず、許多を多からざるは、仏家の習いなり。

経豪

  • △△△△△、体の上に六根を具足する其随△△△△△△、沙門一隻の眼と談ずる事以△△△△△△△△△△△△聞こゆ。沙門とは指△△△△△△△△△△△談ずなり。「瞿曇沙門眼は、吾有正法眼蔵なり」とあり、吾有正法眼蔵涅槃妙心附属摩訶迦葉とある所を、「阿誰に附嘱すれども、瞿曇沙門眼也」と云うは、迦葉に附属し、阿誰に附属し、代々いくら附属すとも、只瞿曇沙門眼なるべし。増減浅深差別あるべからざる也。又「尽十方界の角々尖々、瞿曇の眼処也」とは、「角々尖々」と云う詞は、森羅万像事々の諸法などと云う程の詞なり。尽十方界森羅諸法が、「瞿曇の眼処也」と云うなり。
  • これは尽十方界沙門眼と許り云いて、さて止めるべきにあらず。仮令尽十方界の詞は、一箇の現成公按なるべし。此の外(に)梅華の沙門眼とも、乃至実相の沙門眼とも、椅子竹木の沙門眼とも、△△△△△△を、如此云也。尽十方界の詞許りに止むべき△△△△△△△△△を、「これより向上に如許多眼あり」と云う。

 

尽十方界、是沙門家常語。家常は尋常なり。日本国の俗のことばには、よのつねといふ。しかあるに、沙門家のよのつねの言語はこれ尽十方界なり。言端語端なり。

家常語は尽十方界なるがゆゑに、尽十方界は家常語なる道理、あきらかに参学すべし。

この十方無尽なるゆゑに尽十方なり。家常にこの語をもちゐるなり。

かの索馬索鹽、索水索器のごとし。奉水奉器、奉鹽奉馬のごとし。たれかしらん、没量大人この語脈裏に転身転脳することを。語脈裏に転語するなり。

海口山舌、言端語直の家常なり。しかあれば、掩口し掩耳する、十方の真箇是なり。

詮慧

〇「尽十方界是沙門家常語」という、「よのつね」と云う詞は、家常にあるべし。わがよのつねならぬばとて、仏家のよのつねを、我方へ取らず。有も無も、皆可相違也、不可誹謗事也。仏家には尽十方界と仕うを、「よのつね」の詞とせるなり。業力所感の衆生の中に、各々の家常語の差別多し。何況哉、世間与出世哉。天地懸隔の事と可心得。王索仙陀婆の如し、家常の詞さまざまなり。

〇「掩口し掩耳する、十方の真箇是也」という、此の宗門には、師ありて弟子に其の事を云えと示す時、開口云わんとするに、師(は)弟子の得悟を知りぬれば、掩口事あり。これ仏法をやがて示すなり。是程に、今の「掩口掩耳」を心得る、「十方の真箇是」なるべし。

経豪

  • 是又驚、旧見ぬべし。「語」と云う事も、只舌の能とこそ思い付けたれ。其を今は以尽十方界沙門家のよのつねの詞と云う、大いに迷旧見ぬべし。但「沙門家のよのつねの言語、これ尽十方界なり」とある上は、非可貽疑。仏家の言語如此なるべき也。凡そは如此、仏法の所談、旧見を為本非可疑。さればこそ無始より以来、不聞此理不学此理。ゆえに流転迷妄の凡夫とは成りたれ。只日来の凡見の如く心得は、仏法参学にては不可有、只凡見の所学なるべし。此条甚無益、返々成疑事、不心得事也。今宿縁多幸にして、経巻知識に逢いて始聞此理。迷も疑も一旦は理なるべし、然而能々閑了見して可仰信事。今始見聞此理する、返々可随喜歓喜事也。
  • 如文。只同道理を例の如く打ち替えて被談也。
  • 世間にも「尋常」なる詞に付けて、いくらも詞あり。其の定めに尽十方界の道理の上に、あまたの詞の、とかくある所を如此云也。此の尽十方界の道理の詞を仕うを、「家常に此の語をもちいる也」とは云うなり。
  • 大王(は)仙陀婆と被仰せしかば、智臣(は)知王意。求馬車は奉馬、求鹽時は奉鹽などとせしように、今は沙門家常語には、尽十方界の語を可用也。仏陀婆の詞に、尽十方界の語を可取替也。喩えば今は尽十方界と云わん時、「奉水・奉器・奉鹽・奉馬」の義あるべき也。「没量大人」とは、所詮今の仏祖を指すべきなり、解脱したる人を指す也。「此の語脈裡に、転身転脳するなり」とは、此の語脈裡の以て、転身とも転脳とも転語とも云う也。解脱の詞の中にて、如此可談と也。
  • 「以海為口、以山為舌」、此の詞、又大いに旧見に迷いぬべし。是は尽十方界沙門家常語の詞に付けて、此理をあらわさるるなり。「語」と云う事、口舌よりあらわさるる事也。今は「海を口とし、山を舌」とす、是れ則ち「端直」なる語なるべし。「掩口え掩耳す」と云うも、此の海(は)口(を)掩い、山(は)舌を掩う程の丈は、海口山舌程の掩いようなるべし。掩う手が袖かを、則ち口とし耳とすべき也。掩わるる口手、掩わるる耳袖などと、各別すべきにあらず。然者旧見なるべし、是が「十方の真箇」の道理なるなり。

 

尽十方界、沙門全身。一手指天是天、一手指地是地。雖然如是、天上天下唯我独尊。これ沙門全身なる十方尽界なり。

頂□(寧+頁)眼睛鼻孔、皮肉骨髄の箇々、みな透脱尽十方の沙門身なり。

尽十方を動著せず、かくのごとくなり。擬議量をまたず、尽十方界沙門身を拈来して、見尽十方界沙門身するなり。

詮慧

〇「尽十方界沙門全身」という、たとえば尽十方界と置きて、眼ぞ、家常語ぞ、全身ぞなどと云う丈は、一心なるべし。詞の替わるにつきて、意許りを加うるばかりなり。

〇「一手指天是天、一手指地是地。雖然如是、天上天下唯我独尊」という、これ前にも如云、天上天下に対して尊也と被仰にてはなし。天上人間に対して尊ならんは、強ち不可貴。天上天下と云えば、今八方は洩るるに似たり。無相対尊なるべし、これを「沙門全身」という。

〇「沙門全身なる十方尽界也、頂□(寧+頁)・眼睛・鼻孔・皮肉骨髄の、箇々みな透脱、尽十方の沙門身也」というは、頂□(寧+頁)・眼睛・鼻孔・皮肉骨髄を透脱したるなり、いま透脱せんずるにてなし。沙門全身なるゆえに、尽十方界なるゆえに。

〇「擬議量をまたず」というは、尽十方界と云う上は何かありて、擬議量すべきぞ。擬議量するものあるべきば、全身と難云ゆえに「またず」という。

〇「見尽十方界沙門身するなり」という、この見はやがて、尽十方界沙門身を見と仕うなり。

経豪

  • 是は釈尊御誕生の時の事也。此の「指天一手を天とし、指地一手を為地」也。天地を教えん料りの一手にはあらず。此の道理が「天上天下唯我独尊」とは云わるる也。天上天下に只我ひとり尊也と御自讃にあらず。此の天上天下を「我独尊」と談ず。是れ則ち「沙門全身なる十方尽界」なるべし。尽十方界を「十方尽界」と上下して被談。一理の上の定事也。
  • 「沙門全身」は総てにて此の上に、「頂□(寧+頁)・眼睛・鼻孔・皮肉・骨髄」等の小分けが、此の全身の内に具足して在らんずるように、猶旧見に帰りて覚ゆ、非爾。頂□(寧+頁)・眼睛・鼻孔・皮肉骨髄等、「一一みな透脱、尽十方の沙門身也」とあれば、各々に透脱すべき也。
  • 「尽十方を動著せず」とは、沙門全身の時の、尽十方は広く、眼睛鼻孔の時の尽十方は狭きにあらず。眼睛時も尽十方也、鼻孔乃至皮肉骨髄の時も尽十方界也。ゆえに「尽十方を動著す」と云う也。「尽十方界沙門身を拈来して、見尽十方界沙門身する也」とは、尽十方界をば、尽十方界を以て見也とも、行ずとも、証すとも云う心地也。

 

尽十方界、是自己光明。自己とは、父母未生已前の鼻孔なり。鼻孔あやまりて自己の手裏にあるを尽十方界といふ。

しかあるに、自己現成して現成公案なり、開殿見仏なり。しかあれども、眼睛被別人換却木槵子了也。しかあれども、劈面来、大家相見することをうべし。

さらに呼則易、遣則難なりといへども、喚得廻頭、自廻頭、堪作何用。便著者漢廻頭なり。

飯待喫人、衣待著人のとき、摸索不著なるがごとくなりとも、可惜許、曾与你三十棒。

詮慧

〇「尽十方界、是自己光明、自己とは父母未生已前の鼻孔也。鼻孔あやまりて自己の手裏にあるを尽十方界」といふ、「父母未生以前」という上は、世間の自己にてなし。「あやまりて」と云うも、あるまじき事を、あやまりと云うにはあらず。将錯就錯のあやまり也。尽十方界眼睛鼻孔と云う時に、自己も手裏も鼻孔も、尽十方界なり。「被別人換却木槵子了也」と云うは、「別人」は眼睛也。鼻孔と手裏とを「換却」と云わんが如し。

〇「劈面来、大家相見する事をうべし」という、「劈面」は脱落の義也。「大家」は仏家也。ゆえに仏は仏を見る程の相見也。「呼則易、遣則難なり」という、「易し」と説くも、「難し」と説くも、同じきか上に説く詞也。但此の同の義、世間の同には努々不可心得。呼むこと同也、「遣さん」事は別也とも云う程なり。同じき上と云えば、猶世間に聞こゆ。「難易」の詞、会不会の如し、不可有勝劣儀。上樹話の時、雪竇明覚禅師重顕和尚云、樹上道即易、樹下道即難と云いしが如し。

〇「喚得廻頭、自廻頭堪作何用、便著者漢廻頭也」という、是は無自他心也。「喚得廻頭」とは、あれとも何れと云う詞もなし、又何の用と云う事なし、只廻頭也。別人換却木槵子と云うも、劈面来大家相見と云うも、この「廻頭」と云うも、所詮自他能所事を明かすなり。「堪作何用。便著者漢」と云うは、仏法を悟りて、何の用ぞと云わんが如し。悟りもとより仏法なれば、別用あるべからず。

〇「可惜許曾与你三十棒」、これは惜しむと云う後ふと云う、「摸索不著」に同也。尽十方界自己光明の心地は、「可惜」とつかい、あとふと云わるる也。「三十棒」と云うは、賞罰の棒にあらず、ただ其事を其と云う程の事也。

経豪

  • 「自己とは、父母未生已前の鼻孔也」とあり、無不審。「鼻孔あやまりて、自己の手裏にあるを、尽十方界と云う」とあれば、不被心得ようなる詞なれども、只所詮自己の尽十方界なる道理を如此云也。
  • 「開殿見仏」とは、開殿の姿を「見仏」と取るなり。尽十方界と、自己光明との、あわい程の開殿見仏也。雲門の詞に、僧堂仏殿廚庫山門と光明を談ぜしが如し。「眼睛を木槵子に換ゆる」と云えば、あらぬ形に成りぬべしと聞こゆ。是も尽十方界と、自己光明との、あわい程の心地にて、自己の光明に換ゆと云う程の義也。「劈面来大家相見」とは、面を引き破り来、大家相見すと也。眼睛を木槵子に取り替えたれば、木槵子は相見の道理欠けぬべきかと覚ゆる所を、如此劈面来すれども、相見の道理は、総て不可失と云う心なり。
  • 此の「難易」(は)得失にあらず。尽十方界、自己光明の道理を、難とも易とも仕う也。「喚得廻頭」とは、喚んで得廻頭、自らが廻頭なり。何れの用をなしてか、廻頭すると云う心也。是は廻頭すれども、其の要と云う事なし、只尽十方界沙門全身は、尽十方界沙門全身なるべしと云う心也。
  • 「飯待喫人」とは云えども、可喫人なし。「衣待著人とは云えども、摸索不著」とあり、可食人も可著人もなき也。只飯と衣と許りなり。一法究尽の理(は)如此。今の尽十方界是自己光明の詞も、此の「飯待喫人、衣待著人」の理なるべし。千手の手眼、夜間なる間、見るべき物なし。千手は手を後ろにして、枕子を摸(さぐ)りしかども、手に当たる物なかりしが如し。かくは云えども、「你(に)三十棒を与う」と云う詞は、成仏作祖の道理欠けたる所なく、与えたりと云う心地也。

 

尽十方界、在自己光明裏。眼皮一枚、これを自己光明とす。忽然として打綻するを在裏とす。見由在眼を尽十方界といふ。しかもかくのごとくなりといへども、同床眠知被穿。

「尽十方界在自己光明裏」という、光明広くして、その裏に十方のあるに非ず、十方広くしてその裏に光明あるに非ず。十方界裏光明裏(は)同じ詞と心地也。心仏及衆生の如し。

〇「眼皮一枚是を自己光明とす」という、ここの「眼皮」のこと出で来るは、はじめの沙門一隻眼の心地なり。面皮厚三寸、面皮薄一丈という詞あり。面も皮も不似世間見。「打綻」とは解脱の心也。ほころぶと云う故に。

〇「見由在眼」と云う「見」は眼による。しかるを今は「尽十方界という」。「同牀眠知被穿」という、十方裏光明裏の同じき所を、「同牀」と仕う。又同牀の人この被の破れたらんをも知るべけれ。是も「見由在眼」の心なり。

経豪

  • 先には唯自己光明とあり。今度は「裏」の詞を一被加。唯此の道理の上に、「裏」の詞を付けて、又被釈なり。此れ自己尽十方界の「自己」なるべし、此れ自己の上の「眼皮一枚」也。如此なるゆえに、尽十方界と自己光明裏と唯一物也。「是を己光明とする」なり。「自己の光明を在裏と、しばらく云わるる所を、「打綻」とは云う也。表裏の裏にあらず。
  • 「眼」と云うに、見ると云う程の道理のある程のあわい也。尽十方界と、自己光明裏の一なる、あわい、はと云う心也。又「同床眠知被穿」と古き詞也(金剛経(?)註釈なり)。是は仏与迦葉同座し給いき、余は不然。同じく不座は争か此理を知らんと云う程の心地なり。是は尽十方界と自己光明裏との、あわい、が「同床眠知被穿」と云う程の道理にてあるなり。ゆえに同床して、ふすまの破れたるを、すでに知る心地なり。

 

尽十方界、無一人不自己。しかあればすなはち、箇々の作家、箇々の拳頭、ひとりの十方としても自己にあらざるなし。自己なるがゆゑに、

自々己々みなこれ十方なり。自々己々の十方、したしく十方を罣礙するなり。自々己々の命脈、ともに自己の手裏にあるがゆゑに、還佗本分草料なり。

いまなにとしてか達磨眼睛、瞿曇鼻孔あらたに露柱の胎裏にある。いはく、出入也、十方十面一任なり。

詮慧

〇「尽十方界無一人らわ不自己」という、「十方親しく、十方を罣礙する也」という(は)、無一人自己の道理也。「本分の草料」との詞は、無一人自己等を仕う也。

〇「還佗本分草料」と云うは、世間にいう自他の他にてはなし。尽十方界を「自自己己」と仕う、達磨眼睛、瞿曇鼻孔と云わるる他本分なり。「自自己己」と云う時、世間の自己には異なるべし。

経豪

  • 「箇々の作家」とは、塵々法々などと云う程の詞なり。「箇々の拳頭」ぞ、ふと出で来たるように覚ゆれども、祖師の拳頭、いまに初めぬ事也。「ひとりの十方としても、自己にあらざるなし」と云う詞、不被心得。一人の自己としても、十方にあらざるなしとぞ、云いつべき様なれども、詮は十方と自己とが、只一物なる上は、如此談ずる。さらに中あしかるべからず。あやまりて如此談ずれば、弥々理は強く現わるる也。
  • 「自己」と云えば、猶己れと云う心地も指し出だすべし。「自自己己」とくだきて云えば、自他に変わらぬ道理が、さわさわと聞こゆる也。所詮あまりに詳しくする時、如此の道理出で来る也。即心即仏を、とかく入れ違えて、廾日(?)やらんに談じ、仏性のとき仏々聻也、性々聻也と云いし程の義也。「自々己々の十方したしく、十方を罣礙すと云う也」とは、只十方が十方を罣礙すと云う道理也。「自己なるがゆえに、自々己々の命脈」とは、自々己々を指して命脈とは云うか。「命脈」とは根本などと云う心地なり。それがそれなる程の道理也。「自々己々の命脈、ともに自己の手裡にあるがゆえに、還他本分」とは、自々己々が自々己々に還すと云う詞也。仏性に還我仏性来と云いし程の詞なり。「草料」とは、はかり、と談ず歟。
  • 此の「達磨眼睛、瞿曇鼻孔、あらたに露柱の胎裏にある」とは、此の詞、只今なに事に、ふと出で来ると覚えたるようなれども、所詮達磨眼睛と、瞿曇鼻孔と、露柱とが只同じ丈なるなり。故に「露柱の胎裡」とは云う也。達磨眼睛、瞿曇鼻孔が、露柱と一体なる所を「胎裡」と仕う也。「出入」の詞、又世間の出入にあらず、以十方「出」とも「入」とも仕う也。「十面」の「十」は、十方の十に対して被呼出歟。只是等の道理、皆「十方十面に任するなり」と云うなり。

 

玄沙院宗一大師云、尽十方界、是一顆明珠。あきらかにしりぬ、一顆明珠はこれ尽十方界なり。

神頭鬼面これを窟宅とせり、仏祖児孫これを眼睛とせり。人家男女これを頂□(寧+頁)拳頭とせり。初心晩学これを著衣喫飯とせり。

先師これを泥彈子として兄弟を打著す。しかもこれ単提の一著子なりといへども、祖宗の眼睛を抉出しきたれり。抉出するとき、祖宗ともに壱隻手をいだす。

さらに眼睛裏放光するのみなり。

詮慧

〇玄沙院段。「神頭鬼面これを窟宅とせり」という、尽十方界を窟宅とすれば、此の神鬼も脱落神鬼なるべし。

〇「家男女これを頂□(寧+頁)拳頭とせり」という、仔細同上、尽十方を頂□(寧+頁)拳頭とせん。人家の男女、脱落の男女也。

〇「初心晩学是を著衣喫飯とせり」という、初心をいまだしと下して、著衣喫飯を世間の如く心得べからず。同上(に)著衣喫飯尽界なり、初心に三界唯心と聞く。中間も三界唯心と聞き、後心にも三界唯心と聞く詞は同じけれども、初中後に聞く心地、皆有浅深也。この浅深(は)毎人の上にあり、自可知事也。

〇「先師これを、泥彈子として、兄弟を打著す。しかもこれ単提の一著子なりと云えども、祖宗の眼睛を抉出しきたれり」という、尽十方界を泥彈子につくるなり。但し今つくるにも不及、十方もとより泥彈也。「一著子」と云うは、ただ一と云う詞也。

経豪

  • 「一顆明珠」とは、たま也。如文。例(に)同じ道理の上に、打ち替えて被書例事也。
  • 是は「尽十方界一顆明珠」の響く所が、「神頭鬼面」とも云われ、「仏祖児孫」とも、「著衣喫飯」とも、いろいろに被談なり。此の外(に)千万の詞を付くとも、皆此理なるべし。只一顆明珠の詞が、神頭鬼面とも云われ、仏祖児孫とも、人家男女とも、頂□(寧+頁)拳頭、乃至初心晩学、著衣喫飯とも取り替え取り替え可被談也。只同心なるべし。
  • 「先師」とは、必ず(しも)不可限一人なり。達磨の眼睛を快出すと云いし同じ詞也。此の「泥彈子」と云うは、たとえば土のまろかし也。「達磨の眼睛をくじり出す」と云うは、世に難心得ようなれども、只此の道理は、達磨の身心の外に又、物なしと云う理あるべし。「兄弟」と云うも「打著す」と云うも、只一法の理なるべし。凡そは同法をも、兄弟と名づくる定め事也。然而今の理は、只「快出」の理が如此いわるる也。「これ単提の一著子也」とは、只一のまろかし、なれどもと云う心也。「一著子なれども、祖宗の眼睛を抉出しき来たれり」とは、此の一著子が、今の理をあらわすと云う心なり。此の快出の理あらわるる時、「祖宗共に一隻手を出だす」とは、此の祖宗が快出する時、一顆明珠なるなり。「一隻手を出だす」とは、快出と云う詞に付けて、一隻手と云う事は出でくる歟。
  • 是は此の外、色々さまざまなる道理、あるべき所を、如此云うなるべし。

 

乾峰(所名也)和尚因僧問、十方薄伽梵、一路涅槃門。未審、路頭在什麼処。乾峰以拄杖画一画云、在遮裏。いはゆる在遮裏は十方なり。薄伽梵とは拄杖なり。拄杖とは在遮裏なり。一路は十方なり。しかあれども、瞿曇の鼻孔裏に拄杖をかくすことなかれ。拄杖の鼻孔に拄杖を撞著することなかれ。

しかもかくのごとくなりとも、乾峰老漢すでに十方薄伽梵、一路涅槃門を料理すると認ずることなかれ。たゞ在遮裏と道著するのみなり。

在遮裏はなきにあらず、乾峰老漢、はじめより拄杖に瞞ぜられざらんよし。

おほよそ活鼻孔を十方と参学するのみなり。

詮慧

〇乾峰和尚・・在遮裏。この段には、十方界を鼻孔とも、拄杖とも云わんとにはあらず。ただ鼻孔も拄杖も十方も型(かた)等しめて云うべき道理をあらわす也。「十方と薄伽梵と一路涅槃門」と是三也。この道理が何れの裏に在りとは云わず、ただ在遮裏なり。薄伽梵・一路涅槃門とも作るにてはなし、道理在遮裏なり。このものが、この内にあるとは心得まじ、ただ在遮裏なり。

〇「乾峰老漢、はじめより拄杖に瞞ぜられざらんよし」という、拈拄杖を十方とも云わずとも(と)云う心なり。以拄杖を画く時に、「在遮裏」の道理は、此拄杖の下にある様に覚えたるか。瞞ぜらるるにてある時に画く所の拄杖なれば、「拄杖に瞞ぜられざらんよし」と云うなり。

経豪

  • 此の「乾峰」は、洞山悟本大師(の)弟子也。「十方薄伽梵」の文は、首楞厳経(「大正蔵」一九・一二四下・注)の文也。「薄伽梵」とは仏也。たとえば、十方諸仏、涅槃門は一路也。いぶかし、此の一路、何れの所にかあると尋ねたるように聞こゆ。此条分明なり、如文。此の詞に付けて、「乾峰和尚以柱杖画一画云、在遮裏」と、是を一々被釈に「在遮裏は十方也、薄伽梵とは拄杖也、拄杖とは在遮裏也、一路は十方也」とあり、分明に聞こえたり。非可不審。又「瞿曇の鼻孔裏に拄杖をかくす事なかれ」とは、只瞿曇は瞿曇、拄杖は拄杖にて在りなんと云う心也。又「拄杖の鼻孔に拄杖を撞著する事なかれ」とは、先の瞿曇の鼻孔に、拄杖をかくす事なかれと云う心也。拄杖の鼻孔に拄杖をかくす事なかれと云う程の詞也、と可心得。
  • 此の詞は、乾峰老漢の口より出でたるかとこそ覚えたるを、今は乾峰は十方薄伽梵一路涅槃門にかくれて、只十方薄伽梵一路涅槃門のあらわるる許り也。此の時は乾峰は、十方薄伽梵に蔵身するなり。此の「在遮裏」の詞も、此の一画したる円相の内に在りと云うにあらず。「只在遮裏」なるべし。十方の道理を以て、在遮裏と云うべし。然者、内外中間に拘わるべき、在遮裏には非ざるべし。
  • 今の在遮裏。如前云う、此の内に在りと心得べき詞にあらざれども、いますでに乾峰の詞に只在遮裏とあり。其れを「在遮裏はなきにあらず」とは云う也。「乾峰老漢、はじめより拄杖に不被瞞よし」とは、乾峰も独立の乾峰、拄杖も全拄杖の理なるべしと云う也。
  • 如文。「以活鼻孔、十方」と可談となり。以眼睛家常等、十方と談ずる程のたけなるべし。

十方(終)

 

これは筆者の勉学の為に作成したもので、原文(曹洞宗全書・註解全書)による歴史的かなづかい等は、小拙による改変である事を記す。